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【原作寄り(?)】【本物夫婦設定】【春月抄・4コマ「狼陛下の家族計画」の先のお話】

「続・狼陛下の家族計画」71



黎翔は大いに慌てていた。
やっと侍医の許可も降り、最愛の妻を可愛がろうとした途端に産気付いてしまったのだから当然だ。

「誰かいないか!妃が・・・!」
大声で人を呼びながら、痛みに苦しむ夕鈴の半身を支え背中を摩ってやる。
「夕鈴、しっかりして!すぐに人が来るから―――」

少しでも楽にしてやりたいが、こんな時に男は何も出来ないのだ。
真っ青で脂汗を滲ませている彼女は、普段では考えられないほどの力で手を握り返してくる。
当たり前だが出産の経験などない黎翔には、その痛みを解ってやる事すらできない。

こんな夕鈴を見るのは初めてだ。
いつも―――妊娠しても尚、元気に動き回っていたのだから。
つい先刻、一瞬でもがっかりしてしまった自分が恥ずかしい。
勿論夕鈴を愛でるのは黎翔にとって最重要だが、その愛しい妻は腹に子を宿した大事な体だと言うのに。

「う゛う゛う゛〜〜〜っ」
黎翔がただ夕鈴を抱き締めるしかできない間にも、侍女らはぱたばたと様々な準備をし始めてゆく。
でも、どうすれば良いのかさっぱり判らなかった。
だって身近な人間が出産するなんて、初めての事なのだ。
唸る夕鈴を抱き締めるしかできやしない。

寝台へ運んだ方が良いのだろうか。
それとも、準備が終わるまで抱き締めていた方が楽なのだろうか。
混乱する頭で考えていると。

「どうぞ陛下は、お部屋にてお待ち下さいますよう」
いつ来たのか、女官長に拱手しながら言われてしまった。
「だが、妃はこんなに苦しんで―――」
「恐れながら、今よりここは女の戦場にございます。どうか私共を―――お妃様を信じて下さいませ」

普段ならば女官長が黎翔の言葉を遮るなどあり得ない。
しかもかなりの迫力まで醸し出していて、一瞬気圧されそうになってしまった。
女にとって出産とは、それ程の大事なのだろう。

だからこそ黎翔の不安も膨らんでゆく。
「陛下・・・私、頑張りますから・・・っ」
「夕鈴・・・」
健気に笑顔を作る夕鈴を見てしまっては尚更だ。

でも。
「このままではお妃様もお産に集中できません。どうぞ、お部屋へ」
慌しくも丁寧に連れ去られる夕鈴を支える侍女らはとても真剣な表情で、留める気にもなれなかった。

きっと、強く言えば付き添う事も出来ただろう。
黎翔はこの国の王なのだ。
どんな常識もしきたりも、覆せる。
―――でも、もし自分の我を通して夕鈴の世話が疎かになってしまったら?
夫など、居ても何も出来ないのだ。

黎翔は瞬時にそこまで考えると、仕方なくその場を離れたのだった。





外には出たものの、とても自室で待つ気にはなれない。
だから庭へと続く回廊まで来てから、黎翔は壁へと背を預けた。
そのまま天を仰ぎ、額へ手を当てる。

「情けないものだな・・・」
愛しい妻が苦しんでいるのに、何もしてやれないなんて。
こんな時は王だろうが庶民だろうが、関係ないのだ。
ただ無事を願うだけ。
「ま、しょうがないよ。俺らはお妃ちゃんが安心して子供を産める環境を作ってやるしか出来ないんだしさ」
「―――ああ、そうだな・・・」
そこに浩大が居るのは気付いていたが、それを構う気力もない。
先刻の苦しむ夕鈴の姿が、頭の中から離れないのだから。

―――もし、彼女に何かあったらどうすればいいのか。
今まで夕鈴を愛でる事や手元に置く事ばかり考えてきた。
でも、それも彼女が生きているのが大前提ではないか。
万が一、この出産で命を落としてしまったら。
そう考えるだけで、心が凍り付いてゆく。

「ここはしっかり警護しておくから、陛下は部屋に戻ってたら?初産は時間かかるって言うし」
「・・・そうなのか?」
「って聞くよ。数刻から、下手すると日をまたぐとか」
「そんなに!?」

浩大が目の前の屋根からぶらぶらしているのも今が夜遅い事も、気にする余裕すらなくなってしまった。
夕鈴は本当に青い顔で、あんなに痛がっていたではないか。
あの華奢な体で、そんなに長い間苦しまなければならないとは。

「―――やっぱり、傍に・・・」
「ちょ、やめときなって!行ったって邪魔なだけだよ!?」
「だが・・・」
「初めてだから心配なのは判るけどさ。陛下が傍にいたってお妃ちゃんが痛くなくなる訳じゃないんだし、絶対気が散るって」
「―――」

そんな事は言われるまでもなく、頭では解っている。
だからこそ、部屋を出て来たのだ。
でも不安は募ってゆくばかり。

「―――本当に、情けないものだ・・・」
「ま、しょーがないって。俺らに出来る事をするしかないんだしさ」
「ああ、判っている。―――浩大」
「はーい。お妃ちゃんが余計な事に気を取られないようにする為にも、見回りに戻りまーす!」
そう答えると、浩大は手をひらひらと振りながら持ち場へ戻って行った。

万々が一にも、彼女が外部からの危険に晒されないようにしなければ。
だから浩大も、念入りに隠密を配置している筈だ。

―――今回は、作る気もない内から出来てしまった子。
嬉しいし楽しみにしているが、元々は不可抗力のようなものだ。
その出産で、こんなにも胸を抉られるような不安に襲われるとは思ってもみなかった。

もしこの先、また夕鈴が子を望んだら。
同じ事を繰り返す勇気が、果たして自分にあるだろうか。
黎翔にとって、あくまでも一番大切なのは夕鈴なのだ。
その妻の命を失う恐れがある出産を、またさせる気にはとてもなれない。

だがそれも、母子共に無事ならの話。
「どうか、無事に・・・」

黎翔が祈るように呟いた時、夕鈴の部屋の方から慌しい足音が聞こえて来たのだった。

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