(ご注意)

この物語は3/15発行済のAYATO個人誌「春月抄」新婚設定4コマ漫画シリーズの続編です。
某SNSにてリレー企画として始まったものです。(2015年6月現在まだ続いてます)

不憫な陛下が大好物な友人のるるさんが続きのSSを送ってくれまして、じゃあそのお礼にとAYATOがその続きを4コマにした結果、
何故かリレー企画が始まりました。

どこまで続くのか終着点は未定なのですが、とにかく不憫な陛下を楽しもう」という非常にコンセプトが微妙な企画ですので、陛下至上主義なレディは読まないほうが無難です。

基本的にこの企画は漫画もSSも全年齢向けで仕上げるつもりですが,陛下の頭の中は常にアダルトな妄想でいっぱいです

ですので、 感想は嬉しいですが苦情は一切受け付けないので何卒宜しくお願いいたします。

(AYATOが小心者なので、怖いクレーム・ご意見等が来た場合、隠して消して逃げる可能性が大なのでご協力お願いします)

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設定:本物夫婦新婚設定


(ざっくりとしたあらすじ)

兎嫁が「下町に里帰りしたい」と陛下におねだりし、お嫁さんと片時も離れたくない陛下は笑顔で否定するが、結局折れて里帰りを許可。

嫁不足により政務室で真冬のブリザードを撒き散らす狼陛下だったが、兎嫁帰還によりいそいそと後宮へ飛んでいく。

あと数時間で嫁不足により死ぬんじゃないかなあとぼんやりと感じていた陛下だったが、
間一髪で嫁に飛びつき色々補充して一命を取り留める。

(ここまで「春月抄・兎嫁の里帰り」)

      ↓

友人の赤ちゃんが可愛かった、旦那さん似で羨ましい、等の兎嫁の報告を微笑ましく聞いていた陛下だったが、
何気なく口にした「赤ちゃん 欲しくなっちゃったの?」という言葉に兎嫁が同意したもんだから
発奮し興奮しときめいて我慢できずに飛びかかるが側近の邪魔により目的達成できず。

「今夜こそは続きを!」とウキウキワクワクしつつ政務を終え湯浴みを済ませ寝所へ向かうが兎嫁爆睡中。

(ここまで「春月抄・狼陛下の家族計画」)

   「それでもOK!」な方のみ先へ進んでくださいませ。


4コマ担当=AYATO
SS担当=るるさん

http://www.pixiv.net/novel/member.php?id=6227670




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【原作寄り(?)】【本物夫婦設定】【春月抄・4コマ「狼陛下の家族計画」の先のお話】


【リレー企画】「続・狼陛下の家族計画」 @



お約束の展開から一夜明けた早朝。
黎翔は足早に夕鈴の部屋へ向かっていた。

二日も里帰りし、やっと戻ってきたのだ。
コトに及べないにしても、本当は抱き締めて眠りたかった。
でもまんまと罠に掛かってしまったせいで、あどけなく眠る兎が隣にいれば自分を抑える自信もなくて。
だから仕方なく自室へ戻り、寂しい一人寝をしたのだ。

とは言ってもそんな経緯であるから、当然夕鈴不足は全く解消されていない。
結果、こんな夜も明けきらぬ時間から起き出す羽目になっていた。

(―――まだ眠っているだろうか)
何せ久々の里帰り。
きっと夕鈴は元気に動き回って来たのだろう。
疲れて早く眠ったと聞いていたし、いくら早起きが得意な彼女でも今日はまだ眠っているかもしれない。

でも、それでも良かった。
起きるまで傍で見ているのも悪くない。
一人で寝た筈なのに黎翔がいれば、きっと彼女は可愛らしく慌ててくれるだろう。
その様子を思い浮かべ、ついくすくすと笑いが漏れる。

たった二日いなかっただけで、朝から彼女の顔を見れるのがこんなに嬉しいと実感できるとは。
そんな自分に若干呆れながら、軽い足取りで夕鈴の部屋へと足を踏み入れた。
―――のだが。





「おはようございます、陛下」
「・・・あ、ああ・・・」
入った途端、すっかり朝の支度を終えた夕鈴に出迎えられ、少し面食らってしまった。
見れば朝餉の準備も整えられているし、いつもより早い時間に来た筈なのにと訝しむ。

でも起きていたのなら構う時間が長くなるだけ。
黎翔は早々に侍女を下げ、夕鈴の頬へ手を伸ばした。
「疲れは取れたの?昨夜は随分早く眠ったみたいだけど」
「はい!お陰様でもうすっかり。でも・・・すみません、いらっしゃって下さったと聞いて・・・」
そう言った彼女は申し訳なさそうに眉尻を下げ上目遣いで見つめて来て―――堪らなく可愛らしい。

元々邪な気持ちはたっぷりあったのだ。
(まだ時間はあるし、赤ちゃん欲しいって言ったのは夕鈴だし・・・)
心の中で誰に対してか判らない言い訳をし、擽るように頬を撫でて。
一瞬で真っ赤になってしまった夕鈴に気を良くして、そのまま抱きこんでゆく。
「気にしないで。君が帰って来てくれただけで嬉しいんだから」
「でも、陛下の方がお疲れなのに」
「君がいてくれるだけで、疲れなんか飛んで行っちゃうよ」

だから、もうちょっと癒してね。

その想いは口に出さず、目の前のふっくらと美味しそうな頬へ唇を寄せる。
と。

何故か夕鈴に肩を押され、するりと逃げられてしまった。
(・・・あれ?)
やっと慣れてきたのか最近は恥ずかしがりながらも受け入れてくれていたのに、何故。
そう訝しみながら様子を窺うと、夕鈴はうるりと涙を浮かべていた。
「ど、どうしたの!?」
慌てて抱き寄せようとした手は一歩引いた夕鈴にかわされ、戸惑ってしまう。

雰囲気を読むのはあまり得意ではない彼女だが、もしや何か察して拒絶されたのだろうか。
そして、それは泣くほど嫌だと言う事なのか。
元々の疚しい気持ちのせいか、焦りばかり募ってゆく。
「ご、ごめん!君が嫌なら何もしないから―――」
そう言っても夕鈴は首をふるふると振るばかり。

昨日は普通だった。
途中で呼び戻され離れたが、その後訪れたときにはもう夕鈴は眠った後だったのだ。
何がこんなに彼女の機嫌を損ねてしまったのか、全く心当たりがない。

頭の中で目まぐるしく理由を考えつつ固まっていると、夕鈴が盛大に鼻をすすってから顔を上げた。
「昨日、李順さんに聞いたんです。この二日、陛下はとてもお忙しくしてたって。それなのに私に付き合わせてしまって、申し訳なくて・・・っ!」
「・・・へ?」
夕鈴の言葉から彼女が泣いている理由が理解できずに、つい眉根が寄る。

確かに忙しい時期ではあるが、この二日間仕事三昧だったのは、後宮に帰っても夕鈴がいなかったからだ。
彼女がいてくれれば多少の無理はしてでも帰って来たに決まっている。
それに、夕鈴に付き合ったとは何の話か。
本当なら里帰りに付いて行きたかったのを、必死で我慢したのに。

「えっと・・・どう言う意味?」
本当に訳が解らず聞くと、彼女はぎゅっと手を握り締め目を逸らしてしまった。
何だかその様子は悔やんでいるようにも見えて、更に疑問が募ってゆく。

「戻ってすぐに陛下は来てくださって・・・私、そんなにお忙しいとは思わずに、つい長話を・・・!」
「あー・・・」
話に『付き合った』と言いたいのか。
それは判ったが、別に夕鈴に付き合ったのではなく自分が一緒にいたかっただけだ。

「それに、夜だって何も知らずにさっさと一人で眠ってしまって。いつも頑張っている陛下に申し訳なくて!」
「え、いや。ちょっと待って、夕鈴」

確かに先に寝られてがっかりしたものの、夕鈴の言った理由とは大きくかけ離れている。
―――勿論、罠に掛かったのだとは言えないのだが・・・この話の流れには、嫌な予感しかしない。
過去何度もこうやって誤解をされ、良い方向に転んだ例などないのだから。

「大丈夫です!もう陛下の手を煩わせるような事はしません。ちゃんとお仕事が落ち着くまで、大人しく待ってますから!」
「は?」
「だから、無理にこちらへ通う必要もありませんからね!お仕事が終ったらすぐに休んで下さい。陛下が倒れたら大変なんですから!」

決意もあらわに、きりっとした夕鈴は格好良い。
だが今はそれどころではなくて。

このままでは、夜になっても会いに来れないではないか。
しかもこんな顔の時、彼女は意見を曲げてくれないのだ。
これ以上夕鈴不足になるなど、冗談ではないのに。

(李順の奴、余計な事を・・・)
内心歯噛みしながらどう説得しようかと思案していると、夕鈴は少し寂しそうに、でもにっこり笑って言った。
「私が行ってはお邪魔になるでしょうし、政務室へ伺うのも控えますから。陛下はご自分の体と、お仕事の事だけを考えて下さいね」
「え!?ちょっ・・・」
「さ、お食事にしましょう!たくさん食べて、英気を養ってもらわなくちゃ」

最後通告のように言い渡され、給仕の為に侍女を呼ばれてしまって。
結局、黎翔は誤解を解く為の機会も与えられず、仕事へと追いやられてしまったのだった。

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「続・狼陛下の家族計画」 C


侍女からの伝言を受け取ったその日の夕刻。
黎翔はそわそわする自身の気持ちを隠し、政務に励んでいた。
夕鈴からの大胆な誘いにはかなり驚いてしまったが、こんなに積極的な彼女は初めてである。

元々試したい事は山程あったのだ。
初心な彼女に合わせて、色々と我慢していた願望が。
そこへこのまさかの申し出なのだから、無駄に期待ばかりが膨らんでゆく。

勿論夕鈴の艶やかな姿も甘い啼き声も、他人に知られたくない。
だから今夜は誰も執務室へ近付かないよう厳しく言い渡してあった。
仕事第一の李順も今回ばかりは一肌脱いだ事もあり、国の一大事以外では絶対に邪魔をしないと誓わせている。
後は夕鈴が来るまでの間に、少しでも仕事を終らせておけば良い。
彼女を可愛がる余裕があると解らせれば、夜の訪れを再開できる筈なのだから。

なにせ散々お預けを食らった後のご馳走である。
笑み崩れそうになる顔を必死に我慢しなければならない程には、浮かれていた。

(執務室か―――)

まずは机に押し倒してか?
いや、椅子に座った自分に跨らせるのも良い。
壁に手をつかせて後ろからと言うのも捨て難いし、珍しく大胆な誘いだったのだからもう少しマニアックな事でも受け入れてくれるのではないか。

心躍る胸の内を威厳で覆い隠し、超高速で書簡を捌いていく。
李順が渋い顔で溜息を吐こうが、官吏がふらふらとしようが知った事ではない。
このまま進めれば、明日の朝もう一度可愛い兎を堪能する時間ができるのではないか。
そう考え内心ほくそ笑んだ時、入り口付近の僅かなざわめきに気が付いた。
暇な人間など誰一人いないほどには政務を進めているのに何事かと目を向けると。

「・・・夕鈴?」
そこには、つい昨日『行かない』と言っていた筈の夕鈴が立っていた。
余程急いで来たのだろう。いつも後ろについている侍女は未だ急ぐ足音しか聞こえて来ない。
何より彼女はぜえぜえと肩で息をしていたし―――何故か、白い粉まみれだった。

「何かあったのか?」
特に報告は受けていないが、まさか何者かに襲われでもしたのか。
そう頭に過り、官吏らがあけた道を足早に近付いてゆく。
「す・・・すみません。お仕事の邪魔をするつもりは・・・」
夕鈴は小さな声でそう言うと、ほっとしたような顔をした。
「いや、構わない。それより、どうした?」
黎翔は夕鈴の髪や顔についている粉を払いながら、片手で腰を抱き寄せた。
見た感じや匂いから体に害を及ぼす物ではなさそうだと判ったが、何をすればこんなに粉まみれになるかが判らない。

「えっと、これは・・・そのぅ・・・」
夕鈴が気まずそうに周り―――特に自分の後方、李順がいる辺りへ視線を彷徨わせたのをきっかけに、今日の政務終了を告げる声が響いたのだった。





「それで、その格好はどうしたの?」
そう改めて聞いたのは、官吏らを追い出した李順が出て行ってから。
少々驚いてしまったが、未だあちこちに粉を被っている彼女は何と言うか・・・子供っぽくて可愛らしい。
「あのっ!もう離してもらって大丈夫なので・・・って言うか、陛下が汚れちゃいます!」
つい笑みを零してしまったのが恥ずかしいのか、夕鈴は赤くなってぎゅーぎゅーと胸を押し返している。

あまりそう言った趣味を持っている自覚はなかったのだが―――こんな姿にまでそそられている自分に、黎翔は苦笑を漏らした。
愛らしく恥らう夕鈴を汚して弄ぶ。
それは想像するだけで自身を熱く火照らせるほど魅力的な考えだった。
(今度蜂蜜とか使ってみようかなあ・・・)
そんな邪な気持ちまでむくむくと湧き上がる。
勿論節約大好きな彼女に怒られてしまうであろう未来も簡単に予想できてしまって、実現は難しいだろうが。

「それより!」
黎翔が色々と疚しい考えを巡らせている間に、夕鈴はきりっと顔を上げた。
その姿もまた彼女らしくて、粉を払い続けていると。
「失礼しますっ!」
眉間に皺を寄せた彼女に、額へと手を当てられた。
「―――どうしたの?」
「お熱はないようですね・・・頭痛いとか、喉が痛いとかありませんか?」
「―――?別に何ともないけど・・・」
「鼻がむずむずするとか、寒気がするとかは!?」

鼻がむずむず―――は、全くないとは言えない。
だがそれは彼女が纏っているこの粉のせいだ。
だからこの問いの答えには当てはまらない。
と、思う。
「いや、大丈夫だけど―――本当にどうしたの?」
首を傾げながら聞くと、夕鈴はあからさまに安心した様子で体の力を抜いた。
「先刻伝言に行った侍女さんに聞いたんです。陛下がくしゃみをされたのか、お茶を吹き出してたって。
何だか落ち着きがなかったとも言ってて・・・具合が悪いのに無理をされているのかと思って・・・」
「あー・・・あれかあ」

確かに『狼陛下』の時にあれは周りを驚かせたかもしれない。
だがそれもこの兎が齎した衝撃のせいである。
「別に調子が悪いんじゃないから大丈夫だよ」
「・・・ほんとですか?」
「うん」
自分の心配をして駆けつけてくれたのかと思えばやはり嬉しくて、心がほんわり温かくなってゆく。

「それで、この粉は一体どこで付けてきたの?」
袖口で顔を拭い、髪に指を差し込んで。
するりと梳くだけで舞うほどの粉など、普通に後宮で生活していて付くとは思えない。
「こ、これはですね・・・その、李順さんから文が来まして」
夕鈴はそう言うと、頬を染めたまま目を伏せた。
その姿がまた可愛らしくて意地悪をしたくなってしまうのだが―――その前に。

李順からの文ならば、今朝黎翔が苦情を言って出させたものではないのか。
夕鈴が思っている程ではないが、今日も政務はそれなりに忙しかったのだ。
直接話をしたと考えるより余程あり得そうだった。

だが黎翔は、夕鈴といちゃいちゃする時間を邪魔された事に対して不満を言ったのだ。
それに対し、李順は『それとなく伝える』と返して来た。
その結果が粉まみれの夕鈴と言うのは、どうにも理解し難い。
しかも先刻出て行った時、李順は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
日頃夕鈴の教育をしている李順からすれば、彼女のこの行動は説教すべき事なのだろう。
この国唯一の正妃が粉まみれで王宮内を走り回ったのだから、それも頷けるのだが。

「―――その文には、何て書いてあったの?」
頭に過る嫌な予感を隠しつつにっこり笑いながら聞くと、夕鈴は握り拳を胸まで引き上げ、やる気に満ちた顔をした。
「頑張る陛下へ、お夜食のリクエストです!」
「―――は?」
「きっとお仕事しながらでも食べられるようにとの配慮なんでしょうね。お饅頭を作るよう、さり気なく書かれてました!」
「ま・・・饅頭・・・??」
「はい!沢山作って欲しいと頼まれました!」
「―――」
・・・これは、どう言う意味なのだろうか。

勿論夕鈴手作りの夜食は嬉しい。
やる気も出るだろう。
だが。

(―――たくさん・・・)

この言葉が、引っ掛かった。
『沢山作りたいので、陛下も準備しておいて下さい』
それは彼女からの伝言にあった言葉だ。
先刻の嫌な予感が再び頭を過ってゆく。

「・・・・・・・・・それ、他には何か書いてあった?」
固まってしまった笑顔のまま聞くと、夕鈴はとっても真面目な顔で文を差し出した。
「これです!ちょっと意味が解らない所があったので、聞こうと思って持ってきたんですよ!」
ひくつきそうな口の端を必死に制しながら文を広げ、目を通すと。

「――――――」

「この『熟成させ』って所と『大きくしつつ』で、お饅頭だって判ったんです!さすが李順さんですよね。
生地を寝かせて膨らませるのを知らなければこんな風には書けません!」
生地を作る時に粉をぶちまけてしまったのだと夕鈴が打ち明ける間も、黎翔の頭は真っ白だった。
「でも普通に書いてもいいと思うんですけど・・・何でこんなに回りくどく言ってきたんでしょう?」
そうきょとんと首を傾げる夕鈴は可愛いのだが。

(あいつ、何を考えているんだ・・・)
元々鈍い夕鈴が、この内容で『子作りに励め』と言われたのに気付く訳がない。
李順とて彼女とは長い付き合いなのに、何故そんな事も判らないのか。

だがこの文と夕鈴の解釈を聞いて、伝言の意味は『今』正確に把握した。
夜遅くまで仕事をしているであろう黎翔の為に、執務室へ赴くと言っていたのだ。
沢山作るから、頑張って仕事をしろと言っていたのだ。
それは伝言を受けてから頭の中でぐるぐると駆け巡っていた艶やかな夕鈴より余程彼女らしくて、乾いた笑いしか出て来ない。

「それでですね、ここなんですけど―――ついてるほうを多めって、何を付けるべきだったんでしょう?」
「あー・・・」

(恐らく、世継ぎの男児と言いたかったのだろうな・・・)
そうは思ったが、目の前でどこまでも無邪気に不思議がる夕鈴にはどうにも言い出しにくくて。

「・・・後で、李順に聞いておくよ・・・」
がっくりと肩を落とした黎翔は、そう答えるのが精一杯だったのだった。


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「続・狼陛下の家族計画」E


散々李順が書き直した文を夕鈴に届けさせたその夜、少し遅い時間。
黎翔は疲れた心を引き摺って、後宮へ向かっていた。

確かに政務も忙しかった。
元々時期的に嫌いな机仕事が増える頃合なのだ。
気分転換をする暇もなく、体が凝り固まっている。

だが今日の疲れは間違いなく政務が原因ではない。
朝から二度も、まんまと罠に嵌ってしまったせいである。
しかも二度目は夕鈴と李順の二人掛かりで仕掛けられたようなもの。
(―――本当に疲れた・・・)
そう肩を落としてしまうのも仕方がないだろう。

でも、それでも。
自分を癒せるのは夕鈴だけなのだ。
黎翔は今日一日を振り返り警戒心を覚えつつも、愛しい妻と会う為に夕鈴の部屋へ入って行った。





「陛下、お帰りなさいませ!」
「何か良い匂いがするね」
入ってまず気付いたのは食べ物の匂いである。
何処からかと視線を巡らせるまでもなく、卓にはまだ微かに湯気の出ている饅頭が置いてあった。

「本当は執務室へ持って行く予定だったんですけど・・・李順さんからの文に、こちらへいらっしゃると書いてあったので・・・」
夕鈴はそう言うと恥ずかしそうに俯いた。
(・・・ん?)

―――もしかして、今度はちゃんとこちらの意図が伝わったのだろうか。
だから文の話で恥ずかしそうな顔をしているのだろうか。
つい先刻覚えた警戒心を押し退け、僅かな期待が湧きあがる。

「たくさん作りましたから、たくさん召し上がって下さいね!」
「うん、ありがとう」
黎翔がそう答えて長椅子へ座る間に、彼女は茶器へと向かった。

確かに言われた通り大皿の上には饅頭がたくさん載っていて、とても美味しそうだ。
勿論これは罠の産物に違いないのだが・・・夕鈴はこちらの意図に気付けなかったのだ。
だから恐らく、本当に自分を思って作ってくれたのだろう。
そう考えると心がほんわり温かくなる気がして、黎翔は饅頭へと手を伸ばした。

「やっぱり夕鈴の手料理は美味しいねえ」
「またそんな事言って・・・温かいからそう感じるだけですよ」
彼女は少し困ったように笑ってしまったが、言った言葉は嘘ではない。
愛しい妻が自分の為に作ってくれたのだ。
その思いが、温もりが、己の欲望に弄ばれ疲れ果てた体まで癒してゆく。

考えてみれば、この数日は酷い精神状態だった。
原因は夕鈴が里帰りをしたせいだが、少々自分もがっつき過ぎたのではないか。
彼女は元々あまり艶事に積極的ではないのだ。
こんな穏やかな時間にこそ、幸せを感じるのかもしれない。
(夕鈴がいなければ、こんな事を考えたりもしなかったな)
そう思えば、あまりに求め過ぎていた自分をもう少し抑えなければと反省が過る。

出会えた事が、傍にいてくれる事こそが奇跡なのだ。
夕鈴の口から『子が欲しい』と言われて、気持ちが暴走してしまっただけ。
自分だってちゃんと、こんな穏やかな時間を幸せだと感じられる。
やっとそれを思い出せたような気がして、黎翔は苦笑を漏らした。

「どうかしました?」
不意に笑ったのを不思議に思ったのだろう。
首を傾げながら茶杯を差し出す夕鈴を引き寄せ、膝へ乗せる。
「ひゃっ!お、お茶、零れちゃいますよ?」
「大丈夫。それより、夕鈴も一緒に食べようよ」
彼女の手から上手く茶杯を抜き取り、片腕で緩く抱き締めて。
頭へ軽く口付けを落としてから、黎翔は饅頭を一つ手渡した。

「こう言うのも、良いね」
「―――?こう言うの?」
「お嫁さん手作りの夜食を一緒に食べたりとかさ。一日の疲れも飛んで行くよ」
「・・・よ、喜んで頂けたなら良かったです」
夕鈴はそう言うと、頬を染めて饅頭を食べ始めた。
夫婦になってからそれなりに時間は経っているのに、相変わらず初々しいその仕草に庇護欲が掻き立てられる。
(―――うん、これが夕鈴だよね)
落胆する気持ちもあるが、こんな所も愛しいのだ。
自分が少々我慢するくらい仕方がない。
と、思ったのに。

「あの・・・陛下」
「うん?」
「もしかして私が赤ちゃん欲しいって言ったから、今日来てくださったんですか?」
「―――へっ?」
急に昨日の話を蒸し返されて、一瞬反応が遅れてしまった。

確かに彼女の言葉ですっかりその気にはなったが、黎翔としては別に子を急いでいる訳ではない。
勿論いずれは、とは思う。
だが、今はどちらかと言うと兎を喰らう方がメインなのだ。
だから夕鈴とナニをする為に来たのは間違いではないが、彼女の言っている意味とは少し違うのではないだろうか。

「えっと・・・どう言う意味?」
「今お忙しい時期なのに、わざわざ李順さんがお仕事の調整をしてくれたみたいですし、その・・・老師にも言われてしまって」
夕鈴は申し訳なさそうな顔をしながら上目遣いで見上げてきていて、ちょっと不味い。
勿論、折角顔を覗かせてくれた自分の理性が。

「老師に何か言われたの?」
「あの・・・赤ちゃんが出来た後の注意と言うか、心構えと言うか―――そんな事なんですけど。
老師は元々お世継ぎに関してはずっと言っていたので今更なんですが、李順さんと重なると、その・・・
もしかして私の言葉のせいで陛下に無理をさせてしまったのかと思って」
そう言うと、彼女はうるりと涙を浮かべてしまった。

―――確かに夕鈴の言葉が発端ではあるが、別に無理をして来た訳ではない。
(どっちかって言うと、無理をさせたいのは僕なんだけどなあ)
この好機を逃したくなくて、無駄に疲れてしまうほど求めているのは自分の方だ。
だがそれをそのまま言うのは非常に宜しくない。
過去夕鈴に家出をされた件は、未だトラウマとして黎翔の心にこびりついているのだから。

「無理なんかしてないよ。君との子なら僕だって欲しい」
「陛下・・・」
「それに、世継ぎをと言われて急いだ訳でもない。だから今日来たのは、誰かの―――ましてや、君のせいではない」
零れそうな涙を唇で拭い、きゅっと抱きしめて。
夕鈴にきちんと伝わるように、ゆっくりと言い含めてゆく。
愛しいのだと。
愛しい君との子だから欲しいと思えるのだと。

黎翔の想いを感じ取ってくれたのだろうか。
夕鈴は安心したように微笑んでくれて、胸がとくりと跳ねた。
「陛下も赤ちゃん欲しいって・・・思ってくれますか?」
涙を拭った唇をそのまま滑らせるように耳へ寄せて、直接息を吹き込みながら囁いて。
「君の子なら、勿論」
「・・・っ」
夕鈴の甘い吐息に気を良くし、そのまま耳朶に舌を這わせ―――ようと思った時、不意に夕鈴に押し返されてしまった。
「・・・?夕鈴?」

やっといい雰囲気になったのに、どうしたと言うのか。
内心首を傾げつつ夕鈴を覗き込むと。
「じゃあ陛下は全て納得して下さってるんですね、良かった!」
彼女は嬉しそうに、元気に握り拳を胸まで引き上げていて、頭に疑問符が横切ってゆく。
「老師に言われた時は陛下に限ってそんな事ある訳ないと思ったんですけど、その・・・少しは寂しいと思ってしまうかもしれないと・・・」
「???僕が寂しい??」

確かに子が産まれれば、多少寂しいと思うかもしれない。
夕鈴の事だ。きっと子を可愛がるだろう。
でもそれは子が産まれてからの話であって、今心配する事ではないんじゃないだろうか。

余程安心したのか、そんな黎翔を他所に夕鈴はにこにこと説明をし始めた。
「妊娠したら、赤ちゃんがある程度お腹の中で大きくなるまで寝所は別にしなければならないらしくて。
今は寒くないので、大丈夫かとは思ってたんですが!」
「・・・へ?」
「妊娠初期って、流産しやすいらしいんです。だから本当は、その・・・一緒に寝た後は、出来たか判るまでも別が望ましいらしくて」
「・・・は!?」
「それに、大事を取るなら産まれるまでは控えるようにって。そうなると結構長くなってしまうので、
もしかしたら寂しがって下さるかと心配してたんですけど」
「ち、ちょっと待って、夕鈴!」

暫く大人しく話を聞いてはいたものの、黎翔は大いに慌てていた。
今の説明通りならば、夕鈴を抱いたら最後、懐妊したか判明するまで手も出せないと言う事ではないか。
しかも子ができていたら産まれるまでそれが継続するのだ。
(誰だ、こんな変な知識を吹き込んだのは・・・)
たった三日ですらこんなに悶々としていたのに、とても耐えられるとは思えない。

だが黎翔とて閨の事は知っていても、妊婦について詳しいとは言い難いのだ。
夕鈴が言ったような話は聞いた事もないが、完全に否定もできないのが辛い所である。

(不味い・・・このままの夕鈴に手を出したら、本当に子ができたか判るまで拒絶されてしまう)
もし万が一今の話が間違っているとしても、まずは彼女の誤解を解かなければ。
そして万々が一、本当だとしたら。
正しく究極の選択ではないのか。

「どうかしましたか?」
黎翔が頭の中で秤にかけている間も夕鈴は不思議そうに見上げてきて、困り果てる。
「えっ。いや・・・は、ははは・・・」

彼女が子を望むなら与えてやりたい。
でも、自分が我慢できるとも思えない。
(どうすればいいんだ・・・)

二度ある事は三度ある。

その言葉が頭を過って行くのを、ただ呆然と見送るしかできなくて。
結局黎翔は肩をがっくり落として、仕事を理由に執務室へ戻って行ったのだった。


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「続・狼陛下の家族計画」H

やっぱり陛下、忙しいのに無理してたのかしら・・・

夕鈴が自室でまったりお茶を飲みながらそう考えていたのは、饅頭を作った翌日の昼下がりだった。

仕事が忙しい夫を放り出して里帰りをし、更には話に付き合わせ先に眠りと、心苦しい思いをしたのだ。
それなのに黎翔はいつも自分を気遣ってくれていて―――昨夜も、遅い時間に「仕事が残っているから」と出て行った。
挙句に今朝はどこか思い詰めたような表情をしていて、心配するなと言うほうが無理な話である。

(こんなに良いお天気だもの、本当はお茶にでも誘いたいんだけどなあ)
黎翔が仕事へ戻って行ったのは、もう深夜と呼べるような時間だった。
あんなに遅くからまだ続けなければならないほど忙しいとなれば、気分転換に休憩を勧めるのも躊躇ってしまう。
だから夕鈴に出来るのは、優しい彼が心配をしないように大人しく待っている事だけなのだ。

(よし、今日は久し振りに掃除でもしに行こう。私が一人で悶々と心配しててもしょうがないし!)
気持ちを切り替え、自分に出来ることをしようと気合いを入れる。
と、その時。
ふと、侍女らの会話が耳に入ってきた。

「まあ、そうですの?」
「ご夫婦は仲睦まじい事が何よりですものね」
「安定期に入れば―――」

夕鈴付きの侍女はとても優秀で、大きな声で世間話をする事などまずない。
だから余計気になったのだが。
(こんなに明るい内から何て事を・・・っ)
交わりだの営みだの、普段お淑やかな彼女らの口から出てくると恥ずかしさ倍増である。
夕鈴は湯気が立ち登りそうなほど赤くなりながら、気付かれないよう寝所へ逃げ込んだ。

強烈な単語がまず頭に飛び込んできてしまったせいで話の内容は良く判らなかったが、どうやら妊娠に関する話をしていたような気がする。
彼女達もお年頃なのだから興味があるのだろう。
下町でも明玉辺りは恋愛について話すのが好きだった。
だが、さすがに嫁いでもいない若い女性が昼間から声も高らかに話しているのを目の当たりにすると、戸惑いが勝る。
(ほんと、いつまで経ってもここの常識って理解できない・・・)
黎翔の密命を知らない夕鈴がそう思ってしまうのも仕方ないだろう。

でも今までこんな事は一度としてなかったのだ。
たまたま聞いてしまったにしても、何故急にと疑問が過る。
(―――もしかして、どなたかお嫁に行くのかしら)
もしそうなら、嫁ぐ前の知識として優しい彼女らが話題にするのもおかしくないかもしれない。
女性にとっては一生を左右する大事なのだ。
興奮して、知らず声も大きくなっただけではないか。

と、なれば。
(ここは、妃らしくお祝いしてあげた方がいいんじゃないかしら!?)
何せおめでたい話である。
正妃の自分が言い出せば、ちゃんと皆で祝ってあげられるかもしれないではないか。

(後で老師を捕まえて、誰がお嫁に行くのか聞いてみようかな)
もし許してもらえるなら何か祝いの品でも贈ってあげたい。
今の後宮は必要最低限の人数しかいないのだ。
不満を漏らされた事はないが、きっと負担を掛けている。
いつも頑張ってくれる彼女らに報いる為にも、心ばかりのお礼をしたかった。

(ここにいても仕方ないし、取敢ず掃除に行こう)
善は急げとばかりに夕鈴は支度を整え、立入禁止区域へ向かい。

黎翔の計画第一弾は華麗にスルーされたのだった。





「嫁ぐ予定のある者?」
掃除を始めてすぐに姿を現したのは、相変わらず暇そうにふらふらとしている張元である。
いつもは邪魔をされて苛立ちもするが、今日は聞きたい事があったので丁度良い。
「はい。そういう方がいるなら、何かお祝いの品でもと思って」
侍女らが話していた事や、いつも頑張ってくれる人を労いたい事などを、夕鈴は掻い摘んで説明した。
と言うか、侍女らが話していた内容は少々あからさま過ぎてそのまま言える訳がない。
大分端折って伝えたのに、顔が熱くなってゆく。

「はて―――?」
張元は考え込むように首を傾げていたが、何か思いついたのかすぐにしたり顔でにやけ出した。
―――こんな顔をしている時は、どうせ碌な事を考えていない。
それは過去の経験から学習済みである。
今度は一体何を言われるのか。
そう考えると嫌な予感しかしなかったのだが。

「聞いとらんが・・・別に物じゃなくても良いんじゃないかの」
「―――?どう言う事ですか?」
珍しくちゃんと相談に乗ってくれるのかと、夕鈴は身を乗り出した。
「嫁ぐ娘にとって一番必要なのは知識じゃ!嫁入り前は何かと不安になるからのう」
「あー・・・そうですね、そうかもしれません」
自分の場合は少々特殊だったので余計だが、普通に嫁いで行くのだって不安はあるだろう。
さすが年の功、伊達に長く後宮管理人をやっている訳ではないと感心したのに。

「だからお前さんが今までして来た、夫を閨へ誘う方法なんかをちーとばっかし教えてやればいいんじゃ!」
「ふむふ―――っ!?ね、閨っ!?!?」
折角芽生えた尊敬の念が一瞬で消し飛んでいってしまった。
どこをどうすればそうなるんだと思っている間にも、張元の話は進んでゆく。
「そうじゃ!夫の寵愛を維持するのは大変なんじゃぞ?嫁いで行く娘にとっては重要な話じゃ!」
―――勿論、夫婦仲は良い方がいいに決まっている。
お互い思い遣る事だって大切だろう。
だから言っている事も尤もだと言うのは判る。
のだが。
目をキラキラさせながら言われても、素直に肯定する気にはなれない。

「昨夜も忙しい最中、陛下はお前さんに会いに行ったと聞いとるぞ?」
周りをちょこまかと動きながら『ほれほれ、話してみろ』と言わんばかりの顔をされ、夕鈴はイラッとした。
それが仕事なのは判っているが、バイト時代から冷やかされ続けているのだから当然である。

「熱い夜を過ごしたんじゃろ〜?」
「は?」
「『あの』陛下を一人でお相手しとるんじゃ。お前さんも色々苦労はしてるじゃろうが―――王を癒すのは妃の務め。
どんなに求められようとも、全て受け入れなければならんぞ。それは懐妊中として同じ事じゃ」
「―――へ?」
「お子ができても大丈夫じゃ!昨夜のように全て陛下に任せておけばいいんじゃ!!」
うんうんと頷きながら説得されても、夕鈴は首を傾げるばかりである。
だって昨夜は一緒に饅頭を食べただけなのだ。
気温が高かった訳でもないし、張元の言う『熱い夜』が何を指すのかさっぱり判らない。
それに、『あの陛下』ってそもそも何だ。
彼はいつも優しいし紳士なのに。

(赤ちゃんができた後、一緒にお饅頭食べても平気って事?いくら何でも、それくらい知ってるわよ・・・)
どうも言っている意味がイマイチ良く判らない。
そう軽く悩みつつも、自分の目的が全く果たされていない事実に溜息が出た。
後宮の人事は張元に聞くのが一番手っ取り早いと思っていたのに、期待外れだ。
(これじゃ誰がお嫁に行くのか判らないじゃない。女官長さんか李順さんに聞いた方が早かったかなあ)
掃除が終ったら、まずは女官長に聞いてみようと心に決める。

―――だから、周りで張元が『懐妊中にコトに及んでも全く問題ない!』と力説しているのも全然耳に入ってこなかった。
何か一つに気を取られていると他は疎かになり易いのが夕鈴である。

かくして。
黎翔の計画第二段も、華麗にスルーされたのだった。


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続きます。

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