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「続・狼陛下の家族計画」K


その日。
黎翔は、酷く緊張しながら後宮へ向かっていた。
理由は一つ。

『神の酒』

それは世継ぎを催促する李順から渡された、最終兵器である。

(―――どうやって飲ませようか)
夕鈴の事だ。酒と言えば飲まないかもしれない。
あまり彼女は酒が強くないのだから。
ならば妥当な所で、茶の香り付けにとでも言って飲ませようか。
先刻毒見がてら一口飲んだが、さすが女性に人気と言うだけあって爽やかな味わいだった。
これなら茶に入れても不自然ではないだろう。

(本当ならこんな物を使いたくはないが・・・)
そろそろ、自分も我慢の限界である。
後で家出をされやしないか。
嫌われたりしないか。
懸念すべき事はいくらでもあるが、無理矢理押し倒すよりこちらの方が良いに決まっている。

(・・・よし)
黎翔は決意を固め、夕鈴の部屋へ入って行った。





「これをお茶に?」
「うん、良い香りがするんだ。李順が夕鈴にって」
温かく迎え入れられ、茶を差し出され。
疑うことを知らない夕鈴に罪悪感を覚えつつ、小さな瓶を卓に置く。
いつも夕鈴が手ずから茶を淹れてくれるのだ。
隠れて混ぜるには香りが強いし、嘘をつかないよう慎重に言葉を選ぶ。

「李順さんが・・・?明日は槍でも降るのかしら・・・」
夕鈴はぶつぶつと呟きながら訝し気な顔で考え込んでしまった。
どうやら李順が彼女の為に何かをするのが怪しいらしい。
勿論それは、今までの態度を見ていれば判らなくもないのだが。
「李順だって君が頑張ってるのは認めてるんだよ」
黎翔は苦笑しながら瓶を取り、ほんの少量茶に垂らした。

実の所、夕鈴がどれ程の酒で酔うかは把握していないのだ。
薄めた果実酒一杯で記憶をなくして寝てしまうのは知っているが、今回は眠られては堪らない。
だから様子を見ながら飲ませなければならなかった。

「わあ、すごく良い香りですね!」
「でしょ?気分転換に良いし、きっと疲れもとれるよ」
―――その後、もっと疲れさせてしまうけど。
勿論そんな本音は言える訳もなく、内心ほくそ笑む。

「飲んでみて?きっと夕鈴も気に入ると思うよ」
「はい、いただきます」
夕鈴はそう言うと嬉しそうに笑って茶杯を口にした。

相変わらずの素直さに少々胸が痛むが、自分をここまで追い込んだのは夕鈴だ。
寝込みを襲ったり、力ずくでするより良い筈だ。
黎翔はどくどくと脈打つ胸に言い訳をし、表面上はあくまでもにこやかに観察を続けた。

「何だか体が温まりますね。ほんとに疲れも飛んで行きそう」
頬を染めた彼女がそう言ったのは、茶杯を半分ほど空けてから。
見るからにぽややんとしていて、その様子に喉が鳴る。

「・・・おいで?」
ここ数日散々スルーされたのだ。
黎翔とて警戒心くらいは抱いている。
だから取敢ず探りを入れようと手を差し出したのだが。
「はい、陛下」
夕鈴はあまりにも素直に自ら黎翔の膝へ座り、身を預けてきた。
それはそれは予想を上回る破壊力を伴って。

普段なら黎翔が誘わなければ膝に乗る事などない。
こうやって、抱きついてくれる事も。
そう考えると、胸がじぃんと熱くなってゆく。

「ゆーりん・・・」
あまりの可愛らしさに、抱き締めた手が震えてしまった。
ただ―――夕鈴は未だ羞恥心が残っているのか酒のせいか、真っ赤である。
(―――もう少し飲ませるべきだろうか)
いくら弱い夕鈴でも、軽い酒をほんの少し垂らした茶を飲んだだけなのだ。
しかも茶杯に半分程度。
だから、まだ恥ずかしがっているのかもしれない。
それに。
あの程度でここまで従順になってくれるのなら―――もう少し飲ませれば、もっと大胆になってくれるかもしれないではないか。
夕鈴から口付けをしてくれたり、抱いて欲しいと強請ってくれたり。
そんな夢も、もしかしたら。

「もっと飲む?」
「・・・はい」
誘惑に負けた黎翔が勧めるままに、夕鈴は茶杯を空けてゆく。
傾けた分晒される白い首筋に煽られ、伏せられた睫毛に煽られ、暴れ回る胸の高鳴りを抑えられる訳がない。
飲み終えた夕鈴がほうっと一息吐く暇も惜しんで、黎翔は蟀谷へ口付けた。
とろんとした眼差しを向けてくる姿に気を良くし、そのまま顔中に口付けてゆく。
いつもなら戸惑いを見せる彼女は大人しいまま。
それどころか、嬉しそうにしなだれかかって来る有様だ。
「可愛い・・・」
こんなに積極的な夕鈴は初めてで―――元々限界に近かった自制心が崩れてゆく音を、確かに聞いたと思った。

抱き上げても身動ぎ一つしない夕鈴を、寝所へ運んでゆく。
そのまま寝台へ寝かせ、気怠げな彼女に体重を掛けすぎないよう気遣いつつ覆い被さって。
間近で頬に手を添えても、赤くなりながらじっと見つめてくる姿に体が熱くなる。
「夕鈴・・・」
黎翔は頬へ口付けを落とし、そのまま唇を首筋へと滑らせた。
久し振りの夕鈴の肌は、記憶以上に滑らかで甘い。

とても自分が一度や二度で満足するとは思えなかった。
暴いて、開かせて、啼かせて。
きっと今日は本当に朝まで寝かせてやれないだろう。
許しを請われても無理をさせる自分が簡単に頭に浮かぶ。

もういっそ、このまま鎖に繋いで閉じ込めてしまおうか。
そうすれば家出をされる心配はなくなるのだ。
そのままそこで愛し続ければ良い。
夕鈴の事だ。
愛しいからこその行動だと根気強く伝えれば、絆されて許してくれるのではないか。

そう希望的観測をしてしまうほどには、黎翔の理性は飛んでいた。

明日の夕鈴の予定は全てキャンセルさせよう。
今日こそは、自分が満足するまで貪り尽くそう。
そう心に決め、ここ暫く味わっていなかった夕鈴の唇を堪能しようと顔を上げる。
と。

「・・・え?」
何だかとても安らかな息遣いが聞こえて来て、一瞬で頭が真っ白になってしまった。

酒に弱い夕鈴が眠ってしまわないよう、気を付けていた筈だ。
だから茶にもほんの少しの酒しか入れなかった。
それなのに。
「ゆ・・・ゆーりん!?」
彼女はすよすよと気持ち良さそうに眠っていて、少し揺すったくらいでは起きる気配もない。

(残りの半分を飲ませたのが不味かったのか!?)
そう気付いても後の祭り。
なまじ脳内で可愛らしく啼く夕鈴を想像してしまったせいで、寝込みを襲う気力も削がれてゆく。

「いくら何でも、あんまりだ・・・」
その呟きは、優秀な侍女によってすっかり夜の支度を整えられた寝所へ虚しく吸い込まれてゆき。
黎翔は自身の熱に弄ばれながら、寝台へぱたりと突っ伏したのだった。


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「続・狼陛下の家族計画」N


黎翔は結構本気で困っていた。
何にと言われれば、目の前の夕鈴に。

「ふふふ、気持ちいいです」
「―――・・・」

最愛の妻に可愛らしすぎるお強請りをされ、了承した後。
最初の内こそ恥ずかしそうにおずおずと髪に触れていた彼女だったが、次第に大胆に弄び始めたのだ。
今では梳いたりくりくり捻ったりと、とても楽しそうである。

―――正直な所、王と妃が同じ寝台に居て何をしているのかとは思う。
自分はナニをする気満々だったのだから尚更だ。
でも。
(―――可愛いんだよなあ・・・)
無邪気に髪を弄ぶ夕鈴は幼くて愛らしくて、なかなか止めさせる気にもなれなくて。
距離にも慣れてきたのか、彼女は少し身を乗り出すようにすりすりと頭へ頬擦りを始めてしまい―――本当に困っていた。

恐らく酒がまだ残っているのだろう。
普段の夕鈴を考えれば、ありえない密着度だ。
しかも彼女から触れてくる事がそもそも珍しい。
だから、もう少し味わっていたい気持ちもある。
―――だが、目の前には柔らかそうな胸があるのだ。
そっちの方が味わいたいに決まっている。

黎翔は、未だ楽しそうに髪を弄ぶ手を取り口付けた。
「―――?」
暫く大人しくされるがままだった自分が止めさせた事に、不思議そうな顔をする彼女は可愛くて仕方がないのだが。
「・・・僕も、触っていい?」
正直な所、我慢の限界などとうに超えている。
「陛下も?」
「うん」
夕鈴の答えを待たずに押し倒し、抵抗もしない彼女に煽られてゆく。

いつものように、『良いか』と問う気にもなれなかった。
あどけなさの残る夕鈴を、自分の手で女の顔に変貌させたい。
夕鈴が思っている以上に求めているのだと、この体に教え込みたい。
その欲望のまま腰紐に手を掛けようとしたのに。

「はい、どうぞ!」
髪を一房目の前に差し出され、動きが止まってしまった。
「・・・え?」
「陛下がそんなに髪の毛触りたいと思ってるなんて知らなくて―――私ばかり、すみません!」
「あー・・・うん・・・」
どうやら、自分も触っていたのだから黎翔も触りたくなったと思ったようで―――にこにこと笑っている彼女に脱力する。

確かに夕鈴の髪はさらりとしていて気持ち良い。
触るのは好きだし、良く弄んでいる。
でも。
(・・・違うんだけどなあ)
もっと美味しそうな唇や首筋を目の前にしては、その魅力も半減だ。

そうは思っても、どことなく期待に満ちた目を向けられると無碍に払い除ける事もできやしない。
黎翔は軽く溜息を吐きながら起き上がり、夕鈴も起こしてから髪を指に絡めた。

「夕鈴は?もっとしたい事、ないの?」
髪に口付けを落とし、じっと目を見つめて問い掛ける。
自分の期待とは程遠いが、いつもの夕鈴と比べれば素直にはなっているのだ。
先へ促せば、もう少し艶っぽい展開になるかもしれないではないか。
元々初心な彼女に慣れているし、スルースキルが高いのだって知っている。
だから、こんな事でへこたれてはいられない。

「・・・もっと、ですか?」
いつもなら髪へ口付けるだけでも真っ赤になってしまう夕鈴も、今は頬を僅かに染めただけできょとんとしたまま。
だからきっと、まだ酒の効果は残っているのだ。
もうちょっとくらい大胆になってもおかしくない―――筈である。

考え込む彼女を観察しながらじっと待っていると何かを思いついたのか、躊躇いながら夕鈴は答えた。
「一つだけ、あるんですけど・・・いいですか?」
上目遣いで窺うように見上げてくる姿がまた堪らない。
「勿論。何でも言って?」

きっと夕鈴の事だ。
自分の想像より遥かに可愛らしい願いだろう。
でも、もしかしたら抱き締めて欲しいとか口付けて欲しいとか強請ってくれるかもしれないではないか。
するだけ無駄だと判っていても、つい期待をしてしまうのが男の悲しい性である。

「じ、じゃあ・・・」
内心わくわくしながら恥らう夕鈴を見ていると。

ゴンッ。

「・・・っ!?」
「ったた・・・あ、あれ?」
いきなり額に頭突きをされ、面食らってしまった。
(―――これが夕鈴のしたかった事!?)
驚きつつ呆然としている間にも、彼女は額を押さえながら不思議そうに首を傾げている。

「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「うん・・・えっと、何がしたかったの?」
本当に、判らない。
取敢ず心配してくれているようだから、きっと怒ってとかではないのだろうと思えるのだけが救いだが。

戸惑いも隠せずした問い掛けに、夕鈴はばつの悪そうな顔でもう一度謝ってから答えた。
「あの、陛下がよくこつんって・・・」
「こつん?」
「おでことおでこをくっつける、あれです。やってみたいと思ったんですけど・・・何でできなかったんでしょう?」
「ああ・・・」
本当に納得のいかない顔をされ、再度脱力する。

恥ずかしさが抜け切れていなかったのだろう。
夕鈴は目を瞑って勢いのまま突進してきたのだ。
ぶつかるまで気付かないのだから、力加減ができる筈もない。

「目を瞑ってちゃ駄目だよ。ちゃんと相手を見てゆっくり合わせないと」
手本を見せるように夕鈴の項に手を添え、こつんと額を合わせる。
いつもの彼女ならあわあわと狼狽えて、もうちょっと突っ込んで構いたくもなるのだが。

「凄い!そうやるんですね!!」
素直に尊敬の眼差しを向けられ、何も言えなくなってしまった。

(大胆になった方が色気がないって、どうなの・・・)
そんな愚痴は当然漏らせる筈もなく。

黎翔の長い夜は、まだ続くのだった。


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「続・狼陛下の家族計画」P

(―――何か、可愛い・・・)
そう思っていたのは、夕鈴である。
ふざけたり、髪を直したり。
そんな触れ合いを好きだと言ったら、黎翔が嬉しそうにしているからだ。

きっと彼は、小さい頃あまりそう言った事をする機会がなかったのだろう。
王族として生まれたのだ。夕鈴には解らない苦労をたくさんいていてもおかしくはない。
それに、今は国の為に怖い王様を前面に出している。
狼も小犬も知っている夕鈴にしか、こんな話も出来ないに違いない。

だから。
「じゃあ・・・道具は、どう・・・?」
そう問い掛けられてもただ微笑ましいだけ。
「道具・・・玩具とかですか?」
「う、うん・・・」
気まずそうに答えた彼は顔を逸らしてしまって―――確信した。
きっと黎翔は、子供のような遊びをしてみたいのだと。

(陛下ったら・・・もっと素直に言ってくれても良いのに)
そうは思っても夕鈴からすれば嬉しい提案だ。
彼に何回言われても癒せている自覚などなかった。
でも、こんな事で喜んでくれるならお安い御用である。
「好きですよ。今度、一緒に遊びますか?」
にこにこと笑うと、いよいよ黎翔は頬を染めてしまって。
(か、可愛い・・・!)
いつもの余裕ある彼とは別人のようだ。

国王と言う重責のせいだろう。
黎翔はとても大人で、精神的に甘えてくれる事など殆どない。
その彼が恥ずかしそうにこんな話をしてくれたのだから、叶えてあげたいに決まっている。
「たくさん人がいた方が楽しいですよね。誰か他の人も誘ってみます?」
「えっ!?」
うきうきする心そのままにした提案には、戸惑うような顔をされてしまってちょっと失敗したと思ったけど。
「他の人に見られるのは、ちょっと・・・」
「そうですね。じゃあ、二人だけでたくさんしましょう!」
そう言えば嬉しそうに、でもはにかみながら頷く彼にほっとする。

(そうよね。さすがに『狼陛下』が子供みたいに玩具で遊んでる所なんて、見られたくないわよね)
男はいつまで経っても子供のような所があると聞いた事はあったが、きっとこれがそうなのだろう。
黎翔の意外な一面に少なからず驚きはしたものの、自分にも彼の為にできる事があると言うのは幸せだ。
だから、満足するまで付き合おうと思った。

「他には何かありませんか?」
「他に?」
「はい!私で出来る事があるなら、何でもしますよ!」

(本当に!?)
一方黎翔は驚きの連続である。
縛ったり目隠しをしたりだけでも夕鈴にはハードすぎるプレイだと思っていたのに、道具まであっさり受け入れると言ってきたのだから当然だ。
しかも彼女の方から第三者も一緒にと誘ってきた。
さすがに夕鈴の艶っぽい姿を他の人間に見せるつもりはさらさらないのでそれには同意し兼ねるが、
もしかして見られるのが好きなのかと考えてしまう。

抱き寄せたり口付けるだけであわあわと狼狽え恥ずかしがってしまう彼女に、まさかそんな趣味があったとは。
そう思う気持ちはあるものの、それが嫌な訳ではない。
いつかはそんな事もしてみたいと考えてはいた。
だがそれはずっと先―――夕鈴がもっと閨に慣れてからの話だと思っていたのだ。
それなのに、他の願いまで叶えてくれると言う。
これで浮かれるなと言われても無理な話である。

だから妙に期待に満ちた目を向けられても、一瞬言葉が出て来なかった。
もし本当に何でもしてくれると言うのなら、要求した時に戸惑う夕鈴も見たい。
恥じらって可愛らしく抵抗する彼女に強要するのは、さぞかし征服欲が満たされるだろう。
と、なれば。
(やっぱり、意外性も大切だよね)
全て先に言ってしまうのも面白さ半減ではないか。
そこまで考え、黎翔はにっこり笑った。
「また、その時にお願いするよ」
「そうですか?判りました」
彼女も笑い返してくれて、期待ばかりが膨らんでゆく。

本当は、ちょっとだけ今から試そうかとも思った。
何せ欲求不満は限界を超えているのだから。
でもここまで本格的に夕鈴が望んでくれるのなら、ちゃんと準備してからの方が彼女も楽しめるのではないだろうか。

今まで閨の好みは聞いた事がなかったのだ。
だから夕鈴にもきっと不満があったに違いない。
ならば中途半端に叶えてやるよりも、全て望み通りにしてやった方が良いだろう。

そう考えつつも、頭の片隅ではやはり抱きたいと思う自分がいて。
決めかねた黎翔は、夕鈴に決断を委ねる事にした。
今から始めては、朝になっても開放してやれる自信がない。
だから相手の意見も聞いておかなくては。

「―――今から・・・ちょっと、試してみる?」
もう夕鈴の本心を見逃す事がないように、両手で頬を包みじっと瞳を覗き込む。
彼女は少し眠そうだったが、僅かに赤らめた顔で困ったように笑った。
「今からはさすがに・・・・・・玩具も、ありませんし」
その答えに、黎翔は不覚にも一瞬固まってしまった。

(そんなにハードなプレイがしたかったのか!?)
もしそうなら、かなり自分との閨に不満があったのではないだろうか。
勿論夕鈴を思い遣ってのつもりではあるが、初心な彼女に合わせて来ていたのだから。

ならば。
「・・・うん、判った。早速用意させておくから」
「はい。私も色々頼んでみますね」
にっこり笑う夕鈴に、胸がどくどくと暴れ回る。
(―――そんなに色々と希望があったのか)
これは、存分に応えてやらねばならないだろう。
愛しい愛しい妻の願いなのだから。

(でも、やっぱりちょっとくらい・・・)
ここ数日、口付けを交わしてすらいないのだ。
せめてそれくらいは許されるんじゃないだろうか。

「楽しみだな」
黎翔はそう言うと、吸い寄せられるように夕鈴の唇へ自分のそれを寄せてゆき―――。

「―――陛下、お妃様。その・・・そろそろお支度の刻限ですが・・・」
侍女の遠慮がちな声で、ぴたりと動きを止めた。
「・・・え?」
どちらともなくそう呟き、周りを見てみると。
すっかり夜も明けていて愕然とする。

「ぎゃっ」
途端に夕鈴は現状を思い出したように飛び退いていき、咄嗟の事に引きとめもできなかった。
「す、すみません!今起きますからっ!!」
真っ赤になった彼女はすっかり素に戻っているようで、ぎゅーぎゅーと押してくる。

(・・・何かの呪いか・・・?)
よりにもよって、何故今朝に限って「こちらが呼ぶまで声を掛けるな」と命令し忘れてしまったのかと後悔が過ってゆく。
折角、久し振りの兎を味見しようとした所だったのに。

「へ、陛下!早く支度しないと、李順さんが迎えに来ちゃいます!」
そんな黎翔を他所に、夕鈴は普段通り仕事へと追いやろうとしてくるし。
「えー・・・」
「えー。じゃありません!さっ、早く!」
「―――」
そのままとっとと支度をされ追い出されてしまって。

結局。
黎翔は煩悩を刺激されまくっただけで、何も出来ず仕事へ向かう羽目になったのだった。

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「続・狼陛下の家族計画」R

黎翔がとんでもない勘違いをし、政務に没頭している頃。
張元は、夕鈴の訪れを受けていた。
以前と違い、今は正式な妃である。
しかも結ばれて尚、王の寵愛は薄れるどころか増すばかり。
張元からすれば可能な限り夕鈴には健やかに過ごしてもらい、早く懐妊して欲しい所だ。
だから頼みがあると言われて、何でも叶えてやろうと思ったのだが。

「―――王族の子供がするような遊びの道具?」
「はい。下町では玩具とかじゃなくて、近所の子供達と外で遊ぶんですよ。だからどういう遊びをするのか判らなくて」
「ふむ」

確かに夕鈴は生粋の下町生まれ、下町育ち。
貴族や王族がどんな遊びをするのか知らないのだろう。
(もしや、お子が出来た後の心配をしとるのか?)
世継ぎを期待する張元がそう考えるのも仕方がない。

「お前さんが心配するような事はなーんもありゃせんぞ?大体のものは揃っとるし、遊びの相手は基本乳母の役目。
遠慮なくばんばん子を産む事だけ考えとればいいんじゃ!」
「・・・は?」
「子が生まれた後の事は、子が出来てから考えれば良い。育児なんかせんでも立派に成人して頂けるだけのモンが後宮にはちゃんとあるからのう」
「―――何言ってるんですか。赤ちゃんが出来たらの話をしてるんじゃありませんよ」
「・・・ほ?」

では何故そんな事を聞いてくるのか。
今現在後宮に子供はいないし、来る予定もないのに。
しかも夕鈴は大真面目な顔をしているのだ。

張元が顎に手を当て不思議がっていると。
「その・・・たまには陛下と、遊んでみたいと思って・・・」
夕鈴は真っ赤になりながら恥ずかしそうにそう答えた。

(何でまた、子供の遊びをあの陛下と・・・?)
正直な所、そんな暇があるならもっといちゃいちゃして欲しいと思う。
それでなくても黎翔は忙しい身なのだから。

だが、いくら後宮管理人を長くやっているとは言え、夫婦間での事を全て把握している訳ではないのだ。
この妃ならば自分の我侭で王に無理をさせるとは思えないし、もしかすると気分転換にはなるかもしれない。
と、なれば。

張元の仕事はその気分転換の場から、いかに黎翔が閨へ持って行きやすくするかを考え、手助けすることだろう。
(陛下もこの妃の初心さには手を焼いておられるようじゃしのう)
ここはきっと自分が一肌脱ぐ場面なのだ。
そう考え、にんまり笑うと夕鈴は少し嫌な顔をしてしまったが。

「遊びと言うなら、やはり屋外でのものが良いじゃろうて。かくれんぼとか鬼ごっことかはどうじゃ?」
「屋外って―――陛下はお忙しい方だから、昼間は出来ませんよ?」
「じゃから!ここがわしの腕の見せ所じゃ!」
胸を一つどんと叩いてから、張元は話を続けた。
「立入禁止区域の庭に、灯りをともしておいてやるから安心せい!」
「・・・灯り?」
訝し気に見ていた夕鈴の表情が軟化した事に気を良くし、更に続けてゆく。
「そうじゃ。王族ともなれば基本的に学問や武術に応用できる遊びが多い。じゃが、お前さんが知りたいのはそんなもんじゃなかろう?」
「はあ・・・まあ、確かに」
「陛下は体を動かすのがお好きな方じゃ。部屋でちんまり遊ぶより、外の方が良いじゃろうて」
「・・・それもそうですね。かくれんぼとかなら私も遊んだ事ありますし」
「誰も居ない庭で、たんまり遊べば良い」

(勿論、ロマンチックな演出はしておくがの!)
その本心は当然夕鈴に言う筈がない。

今日は天気が良く、夜になれば少々肌寒いだろう。
仲良く睦み合うなら、それくらいの方が丁度良い。
(この妃の事じゃ。念の為、近くの部屋も整えておいてやるかのう)
どうしても外では嫌だと言い出した時の為に、万事滞りなく。

「じゃあ、今日誘ってみますね。ありがとうございます」
張元の思惑など微塵も気付いていないお人好しの夕鈴は嬉しそうに笑うと、深々と頭を下げてきて。
「よいよい。お前さんは夜の為に少し眠っておくんじゃぞ」
「はあ・・・?―――考えておきます」
首を傾げながら戻って行く後姿を、張元はご機嫌で見送ったのだった。





その日の夕刻前。
夕鈴の願いを叶えるべく色々な手配をし終えた張元を訪れてきたのは黎翔である。

「これは陛下。何かご用ですかな?」
黎翔がわざわざ訪ねてくるのは珍しい。
今は忙しいと聞いていたので尚更だ。
だが。
「用意して欲しい物があってな」
気まずそうに言われた内容に少々驚きながらも、胸の内では小踊りせんばかりだった。
何故なら依頼の品は、どう考えても閨で使う物だったから。

「お任せくだされ、本日中には揃えてみせましょう。して、お届け先ですがの」
「―――届け先?」
「先刻ご正妃様より頼まれた事がございましてのう」
「夕鈴から?」
黎翔はそう呟くと、僅かに動揺し頬を染めてしまって。

夕鈴の願いがどう閨に結びつくかは良く判らないが、きっと夫婦の間で何か話し合ったのだろう。
恐らく、互いを思い遣って。
双方の望みにはかなりのギャップを感じるものの、張元はお世継ぎが第一なのだ。
きっかけが何であれ、仕込んでくれさえすれば良いのである。
だから。
(ここは陛下のご希望に沿えるよう、全力を尽くさねばなるまい!)
そう心に決め、考えを巡らせる。
だって黎翔の方は、ナニする気満々にしか思えないのだから。

「ご正妃様にはくれぐれも内密にお願い致しますぞ。きっとサプライズのつもりでしょうからのう」
張元はそう前置きしてから、夕鈴の願いやら自分が用意したものやらを話し始めた。

以前の黎翔なら、間違いなく「余計な事はするな」と一喝されただろう。
だが今回は少し驚いたような顔をした後、手で口元を隠してそっぽを向いてしまっただけ。
「ご用意する部屋の寝台脇にでも、箱に入れて置いておきましょう」
「―――判った」
そう言い出て行く黎翔の耳は、絶対に赤かったと思う。

疲れてしまえば用意した部屋で朝を迎えるかもしれない。
立入禁止区域であっても何が起こるか判らないのだ。警備もしっかり整えなくてはならないだろう。
かと言って王と妃の睦事を―――特に黎翔の少々普通ではない性癖を外に漏らす訳にもいかないのだ。
どうやって警備網を敷こうかと考えれば頭が痛い。

時の権力者には様々な嗜好があるのは張元とて良く知っている。
別段珍しい事でもないし、男子たるもの、心のどこかではそんな願いも持っているものだ。
だからそれについて文句を言うつもりは毛頭ない。
世継ぎを作ってくれるなら、万々歳である。

(今宵こそは、熱い夜になりそうじゃのう)
張元は隠しきれない笑いを滲ませ、スキップをしながら追加の準備をすべく動き出したのだった。


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まだ続きます。



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