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【原作寄り(?)】【本物夫婦設定】【春月抄・4コマ「狼陛下の家族計画」の先のお話】


「続・狼陛下の家族計画」21 

その夜、いつもより少し早い時間。
黎翔は逸る気持ちを抑える事もできず、後宮へ向かっていた。

夕鈴が里帰りをしてからまだ十日も経っていないが、何度期待をしては裏切られただろうか。
だが、それも今日で終わりだ。
彼女の望みを全て叶えられるだけの準備は整ったのだから。

(どうやって誘ってくれるのか)
可愛らしく頬を染めて、強請るように?
それとも、夕鈴の事だから勇気をふりしぼって大胆に?
・・・気付かないふりをして、焦らしてみようか。
恥ずかしさのあまり少し拗ねてしまうかもしれないが、それもその後に続く行為で機嫌を直してくれるだろう。

そう考えれば、ここ数日感じていた危機迫る程の欲望は凪いでゆき、ほんの少し心に余裕が生まれてゆく。
だから夕鈴の部屋へ入る頃には、比較的穏やかな心持ちになっていた。





早々に侍女を下げ室内を見回しても、いつもすぐに出迎えてくれる夕鈴がなかなか顔を出してくれないのだが。
(―――何を企んでいるのやら)
少々緊張を孕んだ楽しげな気配が、衝立の陰から溢れているのだ。
きっと何か仕掛けてくるに違いない。

「夕鈴?」
黎翔はわくわくする心を隠し、わざと衝立に背を向けた。
あくまで知らぬふりをし、部屋を見回していると。
「だ・・・だーれだ・・・っ!」
不意に聞こえた声と共に、ふわりと目を覆われた。
黎翔にこんな事が出来るのも、黎翔がそれを許すのも、この世にたった一人だけ。
ならば答は一つに決まっている。

「僕の大切なお嫁さん、かな」
「・・・やっぱり、判っちゃいますよね」
言葉とは裏腹な楽しそうな声を聞きながら、黎翔は夕鈴の手を取り指先へ口付けた。
身長差の分、彼女は寄り添うように体を預けてきていて、とても温かい。

(まるで抱き締められているようだ)
そう思えばこの状況を終らせるのが惜しい気もする。
でも、やっぱり顔が見たくて。
黎翔は片腕を上げて上半身を捻り、後ろを覗きこんだ。
丁度脇の下から顔を見せる形になった彼女は、真っ赤になりながらもにこにことしていて、その様子に感化されてゆく。

「ただいま、ゆーりん」
「お帰りなさいませ」
そのまま向きを変え、額に一つ口付けを落として。
小さな悲鳴を聞き流してから、黎翔はぎゅっと夕鈴を抱き締めた。

最近は自分の欲求不満のせいか、頭の中に艶っぽい夕鈴しか浮かべられなかったのだが―――こんな可愛らしい悪戯を仕掛けてくる彼女に、心がほんわり温かくなってゆく。
そもそも夕鈴から触れてくることなどほとんどないのだ。
昨夜―――と言うか、今朝は髪を楽しそうに弄んでいたが、あれはまだ酒が残っていた時の話。
素面で触れられるのとは訳が違う。

だから。
「あの・・・もしお疲れじゃなかったら、なんですけど・・・」
「うん?」
「別の場所で、お食事にしませんか?」
真っ赤な顔で窺うように聞いてくる彼女には、笑みしか浮かばなかった。

夕鈴が自分を何処へ連れて行こうとしているのかなど、とうに知っている。
でも張元も言っていたように、彼女はサプライズのつもりなのだろう。
きっと内緒で計画した事を楽しみにしながらも、黎翔の体を一番に考え気遣ってくれているのだ。

本当は結構な睡眠不足だし、仕事もそれなりにこなしたせいで多少の疲れを感じてはいる。
でも。
(―――可愛いなあ)
こんなに愛らしい妻の誘いを、断れる筈もない。

「いいよ。案内してくれる?」
「はい!」
途端に嬉しそうに笑み崩れる夕鈴に、自分の理性まで崩れそうだ。
だが、せっかく用意してくれたものを無駄にするつもりはないのだから、今は我慢するしかなかった。

自分の中で折り合いをつけた妥協点として、彼女を片手で抱き上げる。
「え、ちょ・・・自分で歩けますよ!」
「駄目。僕が抱き締めていたいからね」
「な・・・っ!?」
「ほら、ちゃんと案内して?」
夕鈴の抗議はものともせず、黎翔はそのまま歩き始めた。
じたばたと暴れる彼女を笑顔で押さえ込み、落ちないよう更に抱きこんでゆく。

「陛下の方がお疲れなのに!」
「うん。だから今、元気を補給してるんだよ」
黎翔が離す気がないと悟ったのだろう。暫くすると夕鈴は大人しくなった。
そんな彼女に案内されて辿り着いたのは、先に張元から聞いていた後宮でも奥に位置する庭である。

「わあ、綺麗!」
そこには、いつも余計な事ばかりするあの老人が用意したとは思えないほど幻想的な景色が待ち構えていた。

雲一つない空のせいで白く輝く月。
小さな池に浮かぶ灯り。
木々にも色とりどりの温かい光が灯っていて、夕鈴が目を輝かせているのも頷ける。

(伊達に長く後宮管理人を勤めている訳ではないらしい)
黎翔は苦笑を一つ漏らすと、食事の用意されている四阿へと入り夕鈴を椅子に座らせた。

どうやら張元は黎翔の意図をちゃんと理解していたようで―――四阿とは別に、外の木陰には大きめの厚布が敷かれている。
恐らくここでナニするなら、それを使えと言う事なのだろう。
いつもなら鬱陶しく感じる気遣いも、今回ばかりは許さざるをえない。

「さ、たくさん召し上がって下さいね!」
甲斐甲斐しく世話を始めながらも未だ周りに気を取られている夕鈴に、黎翔はくすりと笑みを零した。
風流な遊びなどした事がないであろう彼女は、とても嬉しそうで可愛らしい。

今まで、こんな景色を見る機会は何度もあった。
幼い頃住んでいた後宮には、父の妃がたくさんいたのだ。
女達の笑い声もさざめきもただ煩わしいだけで、上辺だけ取り繕った色褪せた遊戯にしか見えなかった。

それなのに夕鈴が隣で嬉しそうにしているだけで、こんな景色も鮮やかに色付いてゆく。
彼女の気持ちがそのまま、自分へ流れ込んでくるように。

仲良く料理を突きながらも、夕鈴は黎翔の求めるままに様々な事を話してくれた。
今日あった出来事から感じた疑問、感想まで。
その一つ一つは小さな―――普段自分が気にもとめないような出来事だったが、彼女の口から語られると途端に瑞々しく息をし始める。
それは聞いていてとても心地の良いもので、黎翔がただの人間に戻れる大切な時間だった。





「あの・・・陛下」
そう夕鈴が切り出したのは、食事も終わり二人でゆっくり寛いでいる頃。
ずっと肩を抱き寄せていたせいか、真っ赤な顔で見上げてくる姿がまた愛らしい。
「うん?」
「良かったら・・・ちょっと、遊びませんか?お、鬼ごっことか!」

必死に勇気を振り絞った様子の夕鈴に、一瞬返事が遅れてしまった。
何故なら、それは先刻頭の中で思い描いた光景だったのだから。

「あっ、でも、疲れてなければでいいんですけど!」
「―――いいよ。やろうか」
その先の妄想まで甦り、胸がどくどくと暴れ回る。
それなのに。

「じゃあ、鬼は私がやるんで!陛下は逃げて下さいね!」
「・・・え?夕鈴が鬼やるの??」
「はい!結構得意なんですよ、こういう遊び!」
手加減なしですからねと言う彼女は、とても気合いの入った変な顔をしていて―――頭の中の妄想が音をたてて崩れていく。
だがその様子こそが夕鈴らしくて、ついうっかり軽く吹き出してしまった。

「じゃあ、せっかくだから何か賭けようよ」
「賭け、ですか?」
賭け事があまり好きではないと知ってはいるが、意外と夕鈴は負けず嫌いな所がある。
金銭的に負担のないものなら、やる気が増すだけだろう。
「うん。負けた方が、勝った方の願いを一つだけ叶えるっていうのはどう?」

勿論こんな事がなくても、夕鈴の願いなら何でも叶えてやりたい。
でも彼女はなかなか甘えてくれないのだ。
唯一の正妃なのに、我侭一つ言わない。
それが愛しくもあり、歯痒くもあり―――やはり夫として男として、時に頼られたいと思う。
だからこれをきっかけに、夕鈴が少しでも甘えてくれれば。
―――勿論、閨の中でも。

「負けませんよ!?」
黎翔の思惑になど気付いていない夕鈴は、気合い充分で握り拳を振り上げた。
「お手柔らかにね」
そう答えはしたが、別に勝っても負けてもどちらでもいいのだ。
妃の衣装は動き難いだろうし、元々黎翔が有利すぎる。
気付かれないよう手加減し、『うっかり』捕まるつもりだった。

夕鈴から離れすぎないよう距離を取り、手を伸ばした隙に身を翻す。
「捕まえ―――あれっ?」
黎翔にとっては容易い動きだが、彼女はこんなかわされ方をするのは初めてなのだろう。
最初の内は納得がいかないような顔で自分の手を見たり首を捻ったりしていたものの、次第にむきになって追いかけ始めた。
「んもうっ!何でー!?」
むきーと唸りながら必死なその姿が面白くて可愛らしくて、つい調子に乗ってしまったのだ。
(追いかけられるのも、悪くないなあ)
勿論、相手が夕鈴なら、だが。
愛しい娘が手を差し伸べてくる様を見ているのが、こんなにも幸せだとは。

ひょいひょいと何度も避けている内に、彼女の息は乱れてゆく。
そろそろ捕まってやろうかと思った頃には、むくむくと悪戯心が湧いてきてしまって。
身を翻したそのままに後ろへ回り込み、夕鈴をぎゅっと抱き締める。

「捕まえた」
「ぎゃー!」
耳元へ囁きを落とすと、夕鈴は色気の欠片もない悲鳴をあげてから元気に文句を言い出した。
「何で陛下が捕まえるんですか!鬼は私なのにー!」
「だってなかなか捕まえてくれないんだもん」
「避けるの上手すぎるんですよ!」
悔しそうにきゃんきゃん吠える夕鈴が可愛くて、じたばたしつつも本気で離れようとしていないのが嬉しくて。
黎翔は項へ手を滑らせ、導かれるように唇を寄せた。

すぐそこには張元が用意した敷布があるのだ。
ここで少し味わってから部屋へ連れ込めばいい。
その後こそが今夜のメインディッシュ。
互いの不満を解消する為に、存分に堪能しよう。
そう思ったのに。

「・・・っや。外でなんて、恥ずかしいです・・・」
予想以上に強い力で押し返され、疑問が過ってゆく。

(・・・あれ?)
これを望んだのは夕鈴だった筈なのに、何故。
そうは思っても昨夜は酒のせいで素直になっていただけで、基本的には恥ずかしがりな彼女の事。
今までにない展開に、戸惑っているのかもしれない。
それに。

「じゃあ、外じゃなきゃいいの?」
そう聞いた途端夕鈴は真っ赤な顔で俯き―――それでも小さく頷いてくれて、胸がどくんと跳ねた。
ここ数日のスルーっぷりに自分だけが求めている気になっていたが、ちゃんと彼女も求めてくれていたのだ。
そう、感じられたから。

黎翔は袖で顔を隠してしまった夕鈴を抱き上げ、用意された部屋へと足を向けた。
こんなに初々しい花嫁を縛りつけてしまうのには少々罪悪感を覚えてしまう。
でも、だからこそ、その背徳的な行為に劣情が刺激されるのだ。
涙を流しながら許しを乞う夕鈴に無理をさせる―――或いは、強請らせる。
それはどちらであっても、自身を煽るものでしかないだろう。

夕鈴を寝台へ下ろし、自分も隣に腰掛けて。
約束通り脇にはソレ用の道具が入っているらしい箱が置かれていて、期待は膨らんでゆくばかり。
でも、まずは夕鈴が願いを言いやすいようにしておかなければならないだろう。

「―――先刻の勝負だけど・・・」
「え?あー・・・はい、私の負けでいいです」
本来のルールとは大分違う結果だが、あのまま続けても黎翔を捕まえられなかったと気付いてはいたようで、少し拗ねながらも夕鈴は潔く負けを認めた。

「じゃあ、甘えて?」
「は?」
「君に頼られたり、甘えられたりしたい。それが僕の願いだよ」
「何ですか、それ。勝っても負けても、私がお願いできるって事じゃないですか」
「んー、そうなるのかな?」
にこにことご機嫌で答えると、彼女は少し呆れつつも笑ってくれて。

場所は寝所、寝台の上。すぐ脇にはこれから夕鈴を喜ばせる為の道具。
後は夕鈴からの小さなサインを見つければ、二人だけの楽しい宴の始まりだ。

「ほら、何でも言って?」
「え!?今ですか!?」
隠しもせず期待に満ちた目でじっと見つめていると、夕鈴は戸惑った後、少し考えてから答えた。

「じゃあ・・・あの」
「うん。なになに?」
「―――少し、休んでください」
「・・・っへ?」

予想とはかけ離れた願いに驚いてしまったが、彼女は心配そうな顔をしていて訝しむ。
「どうしたの?急に」
「急に―――って訳じゃないんですけど・・・最近の陛下、よく溜息吐いてますよね。お仕事が忙しいと聞いてたのに、私ったら昨夜なんてずっと話しこんじゃったし・・・殆ど、寝てないでしょう?」

―――確かに夕べは振り回されたと思う。精神的に。
でもそのお陰で夕鈴の不満に気付けたのだ。
後悔は微塵もないし、責めるつもりもない。
それに一緒に居たいと、より強く願っているのは自分の方だ。
夕鈴が気に病む必要はない。

(どんな我侭を言っても許される立場なのに、たった一つの願いが僕の心配なんだもんなあ)
黎翔が苦笑と共に軽く吐いた吐息すら、夕鈴は敏感に反応してしまって。
「ほら、また!まだ早い時間ですし、少し経ったらちゃんと起こしますから!」
有無を言わせず引き倒すように頭を彼女の膝へ押さえつけられ、黎翔は降参した。
膝枕も、悪くない。

「うーん・・・じゃあ、本当に少しだけね」
「はい!」
ほっとした様子の夕鈴を見ていると、心配させて申し訳ないと同時に嬉しさまで込み上げてしまう。

彼女が言った通り、今日は早く仕事を終えたのでまだ遅い時間ではない。
ほんの少しの間眠ったふりをして安心させてやれば良いのだ。
そうすればきっと、後で可愛がる時にも遠慮せずに身を任せてくれるだろう。

それに―――あまり疲れている自覚はないが、確かにここ数日は慌しかった。
元々忙しい時期なのに仕事そっちのけで夕鈴を落とすための算段をしていたのだから、そのツケも回ってきていて尚更だ。
だがそれも今日、報われる。
そう考えると妙に安心してしまって、夕鈴が優しく髪を梳きながら口ずさんでいる子守唄に聞き入る事もできた。

きっと本当はすごく恥ずかしいのだろう。
真っ赤な顔でつっかえながら必死に歌う彼女が可愛くて、愛しくて。

夕鈴の温もりに包まれながら、黎翔は目を閉じたのだった。

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「続・狼陛下の家族計画」23 

その日。
黎翔は半分魂を飛ばし、執務室に篭っていた。

せっかく夕鈴も可愛らしく受け入れてくれたのに、ついうっかり眠ってしまったのだ。
今回ばかりは誰を責める訳にもいかず、ただただ凹むばかり。
それでも仕事はこなさなければならなくて―――結果、顔を引き攣らせた李順に執務室へ閉じ込められたのだが。

「―――陛下、いい加減にして下さい」
補佐の為、一緒にいる李順にこう言われるのも初めてではない。
だが一向に気分が上向く気配もなく、ずっしりと重い雰囲気を撒き散らしながら、黎翔はこれまた重い溜息を吐いた。

正直な話、李順からすれば世継ぎはまた今度でいいから目の前の仕事をしろと言いたい所である。
夕鈴が後宮へ戻ってからこっち、昨日ちょっと捗っただけで政務は概ね停滞していたのだから。
取敢ずでも筆を動かしているので耐えてはいるが。

(全く―――何故、王が妃を抱くのにこんなにも梃子摺るのか)
本物の夫婦なのだから、夕鈴の意見など尊重せずにとっととやってしまえば良いのに。
後々拗ねたり怒ったりはするかもしれないが、彼女は後宮にいるのだ。
黎翔に逃がすつもりがない以上、何処へも行けはしない。

―――普段は冷静な李順がそこまで考えてしまう程には、周りも焦れていた。

と、そこに。
「随分疲れてんね〜、へーかっ」
不意に明るい声と共に、浩大が現れた。

今までの経緯は、浩大にも大体の予想がついている。
夕鈴の護衛をしている都合上、様子も探れるので尚更だ。
挙句に昨日の事は小躍りしながら色々な準備をしている張元から聞いていて、さぞかし楽しい夜を過ごしたのだろうと冷やすつもりだった。
それなのに。

「―――」
黎翔は無言のままむっつりしていて、浩大は窺うように李順を見た。
「・・・どーかしたの?」

昨夜は張元の手配で、かなり遠くから護衛していたのだ。
守る範囲もいつもより広く、隠密の数も倍はいた。
だから二人きりの睦言は気配の欠片も感じなかったのだが―――てっきり庭先ででもいい事をしたのだと思っていたのに、李順は肩を竦めただけで・・・何となく、察してしまった。
(お妃ちゃん・・・あの猛獣並みになった陛下をスルーしたのか。相変わらずすげーな・・・)
ここ数日の様子を知っている浩大からすれば、男として同情せざるをえないだろう。

「―――夕鈴は?」
「今日は大人しく妃教育用の本読んでたよ」
「・・・そうか」

一方黎翔からすれば、なにを聞いても気分が良くなるとは思えなかった。

確かに疲れてはいたのかもしれないし、眠ってしまう可能性もあった。
睡眠不足の自覚はあったのだから、仕方ないとも思う。

でも、寝足りて爽やかに目覚めた朝に見た、異様に存在感のあるあの箱。
ここ数日の欲望が詰め込まれたようなソレを見た時の虚しさったらないのだ。

『起こしたんですけど・・・なかなか起きないので、つい自分も寝ちゃいました』
今朝呆然とする黎翔に、夕鈴はそう言った。
『昨日は老師に言われてお昼寝までしてたのに、すみません』

―――要するに、自覚はなくても彼女は夜に備えていたと言う事。
(何故よりにもよって眠ってしまったのか)
今日、何度そう思ったか知れやしない。

「でもさ、ちょっとは楽しんだんでしょ?先刻お妃ちゃんに、今度は一緒にどうかって誘われたけど―――ちゃんと断っ」
「・・・一緒に?」
雰囲気を変える為にか、いつも以上に明るく言い出した浩大に、黎翔はぴくりと反応した。

我慢に我慢を重ねた上で、やっと手に入れた愛しい妻。
本当なら誰にも見せたくないし、自分以外見て欲しくない。
それでも元気に飛び跳ねる夕鈴を愛しているからこそ、彼女のしたいようにさせている。
だがそれはあくまでも『狼陛下の唯一の妃として』であって、他の男と共有する気などさらさらないのだ。
この間もそう伝えた筈なのに、それでも敢えて浩大を誘ったと言うのか。

重く沈むばかりだった心にどす黒い何かが渦巻いてゆくのを、黎翔は止められなかった。

いや、きっと夕鈴の事だ。
また何か変な勘違いをしているのかもしれない。
そう考えたそばから、自分の理性を嘲笑うかのように独占欲がそれを呑み込んでゆく。
いつも以上に冷静になれない程には、黎翔とて焦れまくっているのだ。

今まで自分の想いを強行しなかったのは彼女の為。
全て夕鈴を慮っての事だったのに。

昏い考えに捕らえられてしまった黎翔は、だから周りで宥める李順も「ちゃんと断っておいたから!」と焦る浩大も目に入らなかった。

一度、しっかり解らせなければならない。
夕鈴の体と心その全てに、自分の妃になるのがどう言う事なのかを。

かくして。
「暫く、夕鈴を後宮から一歩も出すな」
とうとう黎翔は、夕鈴の監禁を決めてしまったのだった。


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「続・狼陛下の家族計画」26 


黎翔が李順に怪しい資料を集めるよう指示を出した日の夕刻。
夕鈴は、積み上げられた本の山の前で呆然としていた。

「これを・・・李順殿が、私に?」
「はい。お妃様の為になる本ですので、是非目を通して頂きたいと」
「そ、そうですか・・・」
そう答えたものの、あまりの数に頭が真っ白になってゆく。

「こちらに李順様からのお文が・・・それより、あの・・・」
「・・・はい?」
呆けてしまった自分を心配させてしまったのかと何とか気を取り直していると、侍女は心配そうに夕鈴を見た。
「あの・・・陛下から『お妃様を後宮から出さないように』と、ご命令が下ったと・・・」
「ああ」
「大丈夫なんでしょうか・・・」
「え?」

(大丈夫って、何が?)
そう首を捻ってみるものの思い当たる事は何もなく―――だが侍女らは随分怯えているように見え、訝しむ。

確かに昨夜は起こす約束を破ってしまった。
でも黎翔は元々疲れていたのだ。
結果的にはぐっすり眠れて良かったと思っている。
それに、彼はとにかく自分に甘い。
そんな事で怒るとは思えないし、今朝だって熟睡してしまったと謝られた程なのだ。
だから思い返す限り、大丈夫ではない何かがあったとは思えない。

「陛下がお忙しい時は、政務室へ行ってもお邪魔になりますから」
そう結論付けてにっこり笑っても、侍女はどうにも浮かない顔をしている。
「ですが・・・」
「何も心配いりませんよ」
夕鈴は彼女らが安心するよう言って聞かせてから、文を受け取って下がらせた。

(いくらそう見せる為だからって、あんなに怖がられて・・・気の毒だなあ)
黎翔へ思いを馳せつつも、目の前には大量の本の山。
全て妃教育用のものだ。
正妃になってから何度かこんな事はあったのだが―――今までの比ではない。

(・・・何でいきなりこんなに?)
顔をひくつかせながら夕鈴が文を読んでみると。
今日は忙しく黎翔は王宮に泊まる事、その間暇だろうから思う存分勉強をして欲しい事などが事細かに書いてあった。
(そっか・・・陛下、お忙しいのね。だからこんなにあるんだ)

政務が立て込んで黎翔が王宮に泊まるのは初めてではない。
どちらかと言えば、結構頻繁にある事だ。
きっと構えないから政務室へは顔を出さなくて良いと言ってくれているのだろう。
忙しいと、王宮の雰囲気は緊張感が半端ではないのだ。
夕鈴が堅苦しい思いをしないように、気遣ってくれたに違いない。
(相変わらず―――あの人は私に甘いわ)
黎翔が監禁すると決めたのを知らない夕鈴が勘違いをするのも仕方なかった。

(それにしてもすごい量ね・・・)
勿論これとて李順の思い遣りなのだろう。
正妃になってからの夕鈴は、今までとは違って何かと忙しい。
しかも黎翔が以前にも増して傍に置きたがるせいで、妃の仕事をするのも教育を受けるのも限られた時間内に必死でこなさなければならないのだ。
空いた時間に少しでも進められるよう、李順なりに配慮してくれたのだろう。
―――だからと言って勉強が嬉しい訳ではないのだが。

「陛下、今日はお帰りにならないのかあ・・・」
本を確認しつつも出てくるのは溜息である。
昨夜はゆっくり眠ってくれたに違いないが、元々彼は忙しすぎるのだ。
国を動かす大事な仕事なのだと判っていても、心配する気持ちに変わりはない。

だが今回ばかりは黎翔に後宮から出るなと言われてしまった。
そうなると夕鈴には直接彼の為に出来る事は何もなく、大人しく待っているしかないのだ。
とは言っても、やはり会えないとなると少しばかり寂しい。

(ダメダメ!陛下は頑張ってるんだもの、私が寂しがってどうするのよ!)
何もしていないから、つい考えてしまうのだ。
取敢ず今日は眠くなるまで本を読もう。
そして明日には気分転換に掃除に行こう。
そう心に決め気合いを入れた夕鈴は、その夜も健やかな眠りについたのだった。





翌日。
「お前さん・・・何しとるんじゃ?」
朝から張り切って掃除をしている所に現れたのは張元である。
以前より回数は減ったが掃除をするのは珍しい事ではないのに驚かれ、夕鈴としては首を傾げるばかり。
「何って―――掃除ですけど?」
見れば判るだろうとばかりに言うと。
「そりゃ判っとるが・・・陛下から、外に出るなと言われたんじゃろ?」
尚も訝しげに聞かれ、疑問が頭を過ってゆく。
「出てませんよ?ちゃんと後宮の中にいるじゃないですか」
「・・・・・・」

一方、張元からすれば納得のいかない気分である。
黎翔からの命令は伝え聞いているのだ。
ついこの間依頼された品を思い返してみても、てっきり夕鈴を監禁して色々と楽しむのだろうと予想していた。
それなのに、監禁されている筈の本人が自由に動き回っているとはどう言う事か。
夜の為に昼寝でもさせているのかと思っていたのに。

だが夕鈴はとにかく閨には疎い。
ならば妃としての正しい行動を、それとなく諭すのも後宮管理人の務め。
そう思ったのに。
「ともかくじゃな。お前さんは陛下の為にしなければならん事だけ、してればいいんじゃ。大体正妃が掃除をするなぞ、前代未聞なんじゃぞ?」
「それはそうかもしれませんが、バイトから本物の妃だっておかしいじゃないですか」
手際よく掃除をしながらの反論に、説得するつもりだった張元はぐっと詰まった。
確かに妃をバイトで雇うなど、長い後宮の歴史を紐解いてもありゃしないのだ。
だから夕鈴の言う事は間違ってはいない。

「それに、ちゃんと李順さんから渡された本は夜に読んでます。朝から寝るまでだとさすがにやる気も無くなってくるし、気分転換ですよ!」
「本?」
「はい。私が暇そうにしていると、陛下が気を遣ってくれちゃうので―――多分、忙しくしていた方がいいんです」
そこまで言うと、夕鈴は少し寂しそうに笑った。
黎翔ならばおろおろと心配し始める場面だが、張元としてはそれ所ではない。
きっと、恐ろしい事に。
この妃は、自分が監禁された事に気付いていない。

「―――お前さん、陛下から何と言われたんじゃ?」
一応確認の為、そう聞いてみると。
「え?後宮から出ないようにって。昨夜はお忙しいせいで帰って来ませんでしたし、そういう時は前から政務室へは来なくても良いと言われてましたから」
「・・・で、眼鏡の小僧からは何と?」
「後宮から出ないよう言われたなら時間が余るだろうから、普段陛下に邪魔されてなかなか進まない座学を少しでも進めておけって」
「―――」

何だ。
何をどうすればこんな解釈になるのか。
黎翔が牢や自室ではなく、『後宮から出るな』と言ったのが不味いのか。
それとも、李順が本なんかを大量に送りつけたのがいけないのか。

張元が目まぐるしく理由を探している内にも、夕鈴の話は進んでゆく。

「正直な所、あの大量の本はちょっと驚きましたけど―――何だかんだ言って、李順さんも優しいですよね。『私が暇にならないように』と『陛下が余計な事を気にしないでいいように』、二重の意味があるんですもん。それに陛下だって、疲れていても私が暇そうにしていると会いに来てくれちゃいますし。皆の優しさに応える為にも、私は忙しくして―――って、老師。人の話聞いてます?」

張元とて聞いていなかった訳ではない。
途中から呆れ果ててしまっただけである。
いくらお人好しとは言え、どうすればこんな解釈が出来るのか。
あまりの事に、深い深い溜息が出る。

「―――取敢ず、今日は戻って・・・ゆっくり休んでおくんじゃ。夜には陛下も戻られるじゃろ・・・」
「本当に私の話、聞いてました?陛下はお忙しいんですから、私は私の出来る事を陛下の邪魔にならないようやるだけです!」
だからまだ掃除を続けるのだと気合いを入れる夕鈴に、張元は何と説明するべきか悩んでしまう。
それに。

(まずは陛下に、この娘が何も理解していないと知らせるべきじゃろうか・・・)
何はともあれ夕鈴の鈍感さが予想以上だったと伝えなければ、この先も世継ぎなど望めないではないか。
黎翔はあんな道具まで依頼してきたのだ。
きっと双方の認識には激しいズレがあるに違いない。

どうすれば上手く伝えられるだろうか。
下手をすればこっちがとばっちりを食らうのだ。
黎翔は、張元が閨の知識を夕鈴に与えるのを望んではいないのだから。

てきぱきと楽しそうに掃除をする夕鈴を見ながら、張元は暫くの間考え込んでしまったのだった。



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「続・狼陛下の家族計画」29 



その日。
「―――今日の陛下は、まるで戦場にいるかのような恐ろしさだったね。何度も気を失うかと思ったよ」
「何を言っている。陛下が真摯に政務をされている証ではないか」
「そうは言ってもね・・・怯えて仕事にならない官吏もいては、意味がないと思わないかい?」
「気合いの足りない者が多過ぎるだけだろう」

そう答えたものの、方淵とて今日の黎翔は尋常ではなかったと感付いている。
厳格で厳しい王として尊敬しているが、方淵が知っているのは王宮での黎翔だけなのだ。
殺気すら感じさせる様子に、内心自分もまだまだ修行が足りないと思っていた。
だから水月がかたかた震えながら仕事をこなしていても、今日ばかりは文句を言えはしなかったのだが。

「お妃様を後宮に隠してしまわれたと言う話は、本当かな」
「―――ふん。元々政務室は妃が来るような場所ではない。陛下は正しい判断をされただけだ」
「でも、そのせいで今日の政務室はあんな雰囲気だったんじゃないのかい」
水月はそう言うと疲れたように溜息を吐いた。

確かに黎翔の夕鈴への寵愛は深い。
彼女が政務室にいるだけで、雰囲気が和らぐほど。
それは方淵とて気付いている。
だが、本来はこれが正しい姿なのだ。
だから水月の言葉を一々肯定してやる気にはなれない。

「これが在るべき姿だ。いっそ、ずっと後宮から出てこなくていい」
「全く、君は相変わらずだね」
肩を竦める水月に、もう一度鼻を鳴らしてはみたものの。

夕鈴のいる政務室に慣れてしまった他の官吏らは、この状態が数日続けば根を上げてしまうだろう事も簡単に予測できた。
(全く―――居ても居なくても、忌々しい妃だ)
そう考えつつ、明日は休んでしまいたいとボヤく水月を怒鳴りつけるのは忘れない。

何が原因かは知らないが、あそこまで王を不機嫌にできるのは妃しかいないのだ。
そして、機嫌を直す事が出来るのもまた妃のみ。
水月が来なくなる前に、何とかなる事をただ願うしか出来ない方淵であった。





補佐官二人がそんな噂をしていた頃。
黎翔は少々戸惑いながら後宮へ向かっていた。
夕鈴には何も言わず、監禁を決めてしまったのだ。
さぞかし怒っているだろうと思っていたのに、浩大はそうでもないと言う。
閉じ込められるのが好きとは思えないのに、どう言う事か。

そう考えつつも、もし本当に嫌がっていないのならば―――何一つ遠慮する必要はない。
ここ数日溜まった欲求を、今日こそ満たせば良いだけである。
だから心の底からヤル気満々で、夕鈴の部屋へ入って行ったのに。

「お帰りなさいませ。お仕事お疲れ様でした!」
いつも通り満面の笑みで迎えられ、疑問が頭を過ってゆく。
怒っているか恥ずかしがっているか、そのどちらかしかないと思っていたのだ。
それなのに目の前の夕鈴は普段と何一つ変わりなく、黎翔を長椅子へ促し茶器へ向かおうとする。

(―――?)
今までの夕鈴を思い返してもこんな反応は予想外すぎて、一瞬固まってしまった。

(まさか、気付かないふりをしているのか?)
自分が感情に任せて監禁してしまったのだと、夕鈴には判ったのだろうか。
だから何事もなく振るまい、黎翔がいつも通りに戻れるよう気遣っているのか。
―――いっそ詰ってくれたなら、自分も激情のまま振舞えたのに。

だがこんな事で毒気を抜かれている場合ではない。
今日こそは思いを遂げると心に決めてきたのだから。

「―――おいで」
黎翔は手を差し出し、何の疑いもなくとことこと近寄ってきた夕鈴を長椅子の隣に座らせた。
こんな事ですら未だに頬を染めてしまう、この初々しい妃を―――これから縛りつけ、暴き、啼かせるのだ。
涙を流し許しを乞うても、泣き叫んでも、自分が満足するまで何度でも。
その思いのままに夕鈴の項へ手を伸ばし、引き寄せて。
かすかに驚く彼女の唇へ、自分のそれを重ねる。

久し振りの夕鈴の唇は、しっとりと瑞々しく潤っていて気持ちが良かった。
柔らかさも温もりも記憶の中より余程魅力的で、欲望も深まってゆくばかり。
だから慣れない彼女が戸惑っている間に、縛りつけてしまおうと思った。

「・・・っ」
角度を変え、何度も軽く啄ばんで。
恥ずかしがってはいても彼女が嫌がっていないのに気を良くして、紐を手首に絡ませる。
「えっ、あのっ」
まずはこの愛らしい唇を堪能し、口内まで蹂躙してやろう。
そして、腰が砕けて起き上がれないほど貪り尽くしてやろう。
そう思って舌を伸ばそうとしたのに。

「ちょ、何してるんですか!?」
思いのほか強く抵抗され、ついいつもの感覚で力を緩めてしまった。
今日は無理矢理にでも襲ってやろうと思っていたのに。

「・・・何が?」
「何がじゃありませんよ。何ですか、この紐」
「ああ・・・」
黎翔は我知らず意地の悪い笑みを浮かべ、夕鈴の耳元へ唇を寄せた。
「縛るのが―――好きなんだろう?」
直接息を吹き込むように低く囁き、項から手を差し入れる。
彼女の小さな頭を一掴みにして上向かせ、続きをしようとして―――ほんの一瞬だけ、固まってしまった。
何故なら、夕鈴がとても呆れたような顔をしていたから。

「―――遊びたいって事ですか?でも紐は、陛下には必要ないと思うんですけど・・・」

確かに力ずくで夕鈴を襲うのに、縛りつける必要はない。
彼女自身は力が強いと思っているようだが、それは黎翔と比べるまでも無いほどか弱いものなのだから。
だが黎翔の欲求を見たすと言う意味では、必要だ。
だから。
「それでも、だ」
そう言って唇を寄せたのだが。

「わ、判りました!ちゃんと縛ってあげますから、ちょっと待って下さいっ!」
夕鈴は真っ赤になりながら『そんな顔で迫ってくるな』と言っているが、黎翔としては取敢ずそこはどうでも良くて。
(―――え?僕が縛られるの!?)

黎翔とて自分の言った言葉を全て覚えているわけではない。
だが、確か『縛られたり目隠しをされたりするのはどうか』と聞いた筈だ。
何故自分が縛られる事になっているのか、本当に判らない。

―――勿論、今までもどことなく違和感はあったと思う。
でも話を聞いている限りでは、自分の解釈に間違いはない筈なのだ。
それなのに、まさかの夕鈴攻めとは。

あまりに愕然とした考えに捕らわれていた黎翔は、だから夕鈴に頭をいじられている事に気付くのが遅れた。

「はい!思ったより可愛くできましたよ!」
そう手鏡を渡され、未だ呆然としながら覗いてみると。
「―――!?」
「陛下は髪が短いからちょっと難しかったですけど、結構上手くできました!」
夕鈴はとても満足気に笑っているのだが、いかんせん鏡に映る自分に何とも言えなくて絶句する。

確かにこれを『縛る』と言うなら、必要ないだろう。
彼女が苦労したのも無理はない。
短い黎翔の髪を器用に纏めて、ご丁寧にちょうちょ結びがされているのだから。

まさか、夕鈴の言う『縛る』はこれなのだろうか。
もしそうなら、何か根本的な勘違いをしているのは自分ではないのか。
次第に冷静さを取り戻した黎翔は、とにかくまず確認しなければならないと思った。

「―――あのさ」
「はい?」
「夕鈴の好きな『縛る』って・・・」
「はい!以前は髪が解けると、よく青慎が縛り直してくれたんですよ」
弟の話なせいかにこにこと答える彼女に、ただただ呆然とするしか出来なくて。
「じゃあ、目隠しは・・・」
「あれは・・・この間、やったじゃないですか。さすがに今やっても楽しくありませんよ?」
「そ、そう・・・」

―――知っていた筈だ。夕鈴が閨に関して、あり得ないほど知識がない事は。
だからこそ自分の色に染めるのを楽しんでもいた。
それなのに、何故こんな勘違いをしてしまったのか。
そう思えば、ただ乾いた笑いしか出て来ない。
最近の罠は巧妙になったと判っていたのに、油断した。
ここまで壮大な罠を仕掛けてくるとは。

勿論、勝手に誤解したのは自分だと理解してはいるが、恨み言の一つも言いたい気分である。

そしてふと、もう一つの違和感を思い出してしまった。
(いや―――だが・・・いくら夕鈴が天然だからって、そこまで気付かないものか?)
王が妃を後宮へ閉じ込めたのだ。
さすがに監禁されたのだと判っている筈だ。

そう思う一方で、浩大から聞いた『わりと上機嫌で変な踊りを踊っていた』所を想像すると、嫌な予感しかしない。
―――人間、一度冷静になると色々な事に気付いてしまうものである。

「あのさ。僕が後宮から出るなって言ったのは・・・」
「ああ。大丈夫ですよ。ちゃんと掃除とか妃教育の本を読んだりとかしてたので、一歩も出てません。お忙しい陛下の邪魔をする訳にはいきませんし」
きりっとやる気に満ちた顔で握り拳を作る夕鈴の言葉に、ふと疑問が沸く。
「・・・教育の本?」
「はい。きっと李順さんの気遣いなんでしょう。私が暇だと、陛下が気にしてしまうかもしれませんから。仕事に打ち込んで頂けるよう、私も忙しくしていた方がいいと思ったんじゃないんですか?たくさん本が届きました」
「―――李順が・・・」
「あ、今度からは『忙しい』と言ってくれれば大丈夫ですからね!何でか判りませんが、侍女さん達が凄く心配してしまって。陛下が怖いって思わせてるのに意味があるのは知ってますが・・・やっぱり、誤解されるのは悲しいです」
そう言うと夕鈴はしょんぼりとしてしまって。
「う、うん・・・」

―――これは、気付いていないのだろう。間違いなく。
そうは思っても何故理解していないのかは謎のままである。

(言い方が悪かったのか・・・?或いは李順が本を送りつけたのが誤解の元なのか)
いくら天然でも、ここまで全く気付かれないのはどうなのか。

「お似合いですけど・・・さすがに侍女さん達に見られると不味いと思うんで、解いちゃいますね」

そう言いながら夕鈴が困った顔で髪を直し始めても、深く考え込んでいた黎翔は何も反応できなかったのだった。
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まだ続くよ!



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